誰も知らない“自然再生推進法”②
そして。(前回よりつづく)
鳩山由紀夫民主党代表は、「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」を代表の特別諮問機関として作ってくれと私に依頼しました。亀井静香自民党政調会長は、「また私に何かやらせようというの。政調会長は忙しいんだから。まあまあ見てなさいよ」と“意味深”なお言葉。
9月になって民主党の委員会を立ち上げていると、驚いた。なんとあの亀井静香が「公共事業の抜本的見直し検討会」を発表したのです。
「選挙中は公共事業のどこが悪いといっていた男(ひと)が、“抜本”とはよういうわ(京都弁)」と笑ってしまいましたが、あれよあれよという間に、12月までに本当に233の公共事業をこの御仁が止めてしまったのです。公共事業がこのような数で止まったのは初めてでした。7万件もある国の公共事業の中でたった233とはいえ・・・。
一方、鳩山委員会も11月1日に「“緑のダム”構想」を発表しました。こちらの方は、その1週間前に長野で誕生していた田中康夫知事に送りましたが、翌2月20日にぶっぱなされて日本中が驚愕した「“脱”ダム宣言」に少しは参考にしていただけたでしょうか。
亀井氏は233を止めて次に何をする気かと見ていると、日経新聞が3月に「亀井派から“自然再生”法案」と報道しました。そして12月には自民党の国土交通部会(かつての建設部会)で勉強会が開催されて、そのテーマは「川に蛇行をとりもどす」で、ヨーロッパの「川の再自然化」のパネリストの講演でした。この勉強会に出席した新潟県選出議員はその足で地元の現町長の選挙応援演説に向かい、次のように叫びました。「皆さん、自民党はもうダムを造らない。これからは川に蛇行を取り戻すなど“自然再生”です。清津川ダムに反対する現町長を応援しましょう」と。
それから1年後の2002年12月に「自然再生推進法」は成立しました。
しかし私は、自然再生推進法案に、先回書いたような欠点を見ていたので反対しました。ところがNGOの大半は初め、反対ではありませんでした。
環境省が、藤前干潟を止めてくれたことに恩を感じている辻敦夫氏を説得し、国会では「WWF(世界自然保護基金)」ジャパン」が環境省と一緒に歩いて野党議員の説得が行われ、公明党は対案を出して、民主党では鮫島議員が私と出そうとした対案が大阪の樽床議員の妨害でつぶされて、民主党も社民党も賛成しようとしていたのです。
私は、辻氏が「野鳥の会」の皆さんに呼びかけていた勉強会にいって、この法案には疑問があり、野党勢力と勉強しなおして次回へ成立をのばそうと訴えました。
そこには環境省の当時「自然環境局長」だった小林光(ひかり)氏が来ており、一人のNGOが質問しました。
「"アセスメント"はどうなるのですか。」
「一つ一つが小さな事業となるので、行われないでしょう」。
これでNGOは全員、反対にまわりました。NGO団体の中で、この法案に賛成したのはWWFジャパンだけでした(世界のWWF界では、日本の委員会は経済界の影響を受けすぎているという批判があります)。心ある国会議員もこれでようやく目が醒め、社民・共産は反対しましたが、民主党は反対にまわれませんでした。樽床氏を初めとする議員が担当になっていたからです。この法案を成立するためのシフトが、亀井派の谷津義男議員(「公共事業抜本見直し委員会」事務局長)によって民主党内にも敷かれていたのです。樽床議員は、以前より谷津議員の“お友達”でした。
「自然再生推進法」君は、このように“悪魔の申し子”なのです。
しかも、国民の大半が、その命があることも知らない、名前だけは美しい“申し子”です。
国会で法律を作るには、予算を伴うものなら40名、伴わなくても20名の賛同が必要です。「日本には“政権交代”が必要で、そのためには“幼稚”でもなんでも民主党を鍛えなおさないといけない」と私が思いつめる理由がこれでもおわかりいただけるでしょう?
今、この“申し子”自然再生推進法は、各省庁が自分のやりたいことを「ひっそりと」やるのにだけ使われているのです。ほとんどの事業が小手先の自然再生で、日本中の川にダムが造られたせいで川魚が激減し、そのため鵜まで異常発生して、少なくなってしまった川魚を食い尽くしてしまうところまできてしまった自然のサイクルを“抜本的”に再生するなどとは、この人たちの誰も考えていないでしょう。
なさけないぞ!!ニッポン。「民は自らに合った政府しかもてない?」






