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2006年2月25日

“緑の時代”へバス走る

 2月18日は、久しぶりにバスガイドをやりました(数年前までは、国会議員を各河川に案内していました。自民党の元環境庁長官鯨岡兵輔さんにバスの中で2回弁当を食べさせた時は、「こんなことをするのは天野礼子だけだよ」と本人から笑われたものでした)。

 バスの前に書かれた当日の一行名は「“緑の時代”をつくるために」。私以外の乗客は全員高知県民。県・森林局からは局長以下6名、県・産業技術委員会からは委員長以下2名、県・森林技術センターは次長以下2名、県・工業技術センターは次長。他のジャンルは、「JAとさかみ」を中心とした農業関係者。林業関係者。会社社長。

 行き先は岡山県真庭市の「集成材のコストカット世界一」と「日本で初めて自社の電気を木質バイオマスで発電し、電力会社にも売っている」ことで有名な銘建(めいけん)工業と、ビニールハウスの暖房を木質ペレット(銘建工業製)でやり始めたイチゴ農家。

 バスに県庁関係者が多いのは、乗客の半分以上が、県・森林局のお世話で、銘建工業と高知県の池川木材らが、林野庁の2月4日期限であった「新生産システム」に立候補したメンバーだからです。

 「新生産システム」とは、間伐が足りない故に昨年の水害時には土石流の発生の原因ともなった不健康な日本の人工林を「使ってあげて健康にする」ために、山から出す材に今よりもましな価格をつけてあげる社会システムをつくろうという林野庁の新しい提案です。

 多くの日本人は長年、日本の木が使われないのは「安い外材のせいだ」と思い込まされていましたが、今は日本の杉が世界で一番安い。それゆえ山持ちさんは「伐っても次の植林をする手間賃が出ない」と過密林を放置してきたという現実があります(これらの事情については私の「“緑の時代”をつくる」旬報社刊に詳しい)。

 高知では、自社の木材乾燥を20年も前から木質バイオマスでやり続けてきた仁淀川上流の池川町(今は合併して仁淀川町)の池川木材を中心とした「嶺北・仁淀チーム」と、銘建工業を中心に新会社をつくる「物部・安芸チーム」が共同して、県・森林局のお世話で「新生産システム」に手を挙げたのです。

 私は、それらのチームにどうかかわっているかというと・・・。まず、池川町には私の「川の家(“海の家”のようなもの)」があり、池川木材の会長や私は、6年前から「池川の“緑と清流”を再生する会」をつくり、「木質バイオマス」「川の再自然化」「有用微生物による水質浄化」などを勉強してきました。

 銘建工業の中島浩一郎社長(53歳)は、私が北海道新聞社で「公共事業が変わる」を上梓した時にインタビューをしてからの仲良しで、彼は私に「やっていることは立派だが、使っている材の8割が外材なのはどうして?」と言われ続けている人なのです。4年前に、高知の橋本大二郎知事と彼を引き合わせた時、大二郎知事は「銘建さんが高知の材を買ってくれませんか」とお願いされました。中島さんはすぐに「いいですよ、いくらでも。しかしうちは年間に32万立方の木を使いますし、高知で国産集成材をつくるとなると相当な量を毎月コンスタントに出していただかないとシステムが成り立ちません。それが高知でできるでしょうか」と返事したのでした。大二郎知事は二の句がつげませんでした。

 しかしそれから、私は池川木材の会長や県と、さまざまに勉強会を重ねたり、昨年はNEDO(新エネルギー財団)の100%助成金に立候補するために9カ月間も月に2回の研究会を行ったり(そのたびに自費で飛行機に乗った)、その中で国道439(ヨサク、「与作は木を伐ーる、ヘイヘイホー」の北島三郎さんの歌にちなんで)の11首長に「山から木を出すシステムを一緒に作りましょう」と説得して歩いたり(全員、賛同してくれた)してきています。
 だから「バスガイド」なのです。

 銘建工業と一緒に“新生産システム”を使って高知の森を健康にしてあげようという林業関係者の他に乗っていた農業関係者は、県内に1万個あるビニールハウスで作る農作物の加温に、今はA重油を使っている人たちです。石油の高騰で、1袋100円のピーマンをもう作れなくなっているのです。

 大二郎知事は、産業委員会に「早く農業者のための木質ボイラーを開発してください」と命じられました。全農中央会らも同様の申し入れを知事と県議会長にしています。
 「JAとさかみ」では「とさかみ木質バイオマスエネルギー研究会」がこの視察のもどりのバスの中で立ち上がりました。

 「緑の時代」を、ジャンルをこえた人々がみんなでつくろうとしているのが高知県。

 私はこれからも「緑の時代」へ走るバスガイドを務め、一番森林率が高い高知県から、日本の森を健康にするモデルをつくってゆく覚悟なのです。
 2009年くらいには、高知県民にもなるつもりです(だれですか?「こんでもいい」と言っているのは・・・笑)。

2006年2月13日

官僚の謝罪

 2月7日の「日米ダム撤去委員会・国際会議」には、アメリカとオランダからゲストがやってきた。

 アメリカは全米最大のダムのロビイスト集団「アメリカンリバース」のエリザベス・バーンバウム。オランダからは交通・公共事業・水管理省のキース・ストーム。

 アメリカのハリケーン「カトリーナ」が昨年は日本でも連日大きく報道されたが、同じような水害は1993年夏にも、同じミシシッピ川流域で起きていた。

 その時、アメリカで治水を担当する陸軍工兵隊は、国民に謝罪した。

 「私たちや地方自治体が“治水”によかれと思って進めてきていた、「川を真っ直ぐにする」「じょうぶな堤防をつくる」が、治水にはかえってよくなかった。川はまっすぐにすればするほど“早く”“強く”川の一番弱い部分、すなわち下流や河口に向かうようになった。堤防を強くしたことは、人々を洪水常襲原に住まわせることを助長してしまった。本来、洪水氾濫原には人を住まわせるべきでなかったことがよくわかったので謝罪する。ただし、今アメリカは金がない(当時クリントン政権が成立したばかりで、ある役所は金がないのであけていられないとロックアウトされるくらいの経済状態だった)ので、洪水への補償はしてあげられない。①被害にあった地域は洪水氾濫原なので、ここから出て行ってほしい。②出て行かない人は、自分の金で洪水保険に入ってほしい。③どちらもできない人は、大切なものを2階においてほしい。」と言ったのだった。

 しかしながら現実としては、人々は堤防の側に寄り添って住んでしまっているので、遊水地をつくるなどの公共事業が必要であったのだが、ブッシュ政権になってからはイラク出兵に金がかかり、それがなされてこなかったために今回のような被害が起こったのであった。

 今回、「アメリカンリバース」は、「こんなふうに遊水地(洪水を遊ばせる場所)を造るべきであった」と具体的に地域を示し、スピーチしてくれた。

 当初この国際シンポジウムには、陸軍工兵隊が来ることになっていたが、最後の段階で「在日本の国務省の判断で行けなくなった」と言ってきた。シンポジウムが国会議員会館で行われ、民主党と「公共事業チェック議員の会」(超党派議員46名)の後援なので、一方の勢力(野党)に加担することになるからというのがお断りの理由だが、私にはどうも日本の河川局の“におい”がしてならない・・・。

 オランダは、明治期に日本が河川政策を学んだ国だが、およそ500年間、川や海岸線をコンクリートで囲ってきたことが近年反省され、2008年から、ライン川のハーリングフリート河口堰が開門される。

 ヨーロッパでもアメリカでも、河川官僚はこれまでの百年間の河川政策を「反省」し、国民に「謝罪」している。

 治水に“よかれ”と思ってとってきた政策には「あやまり」も「限界」もあったというのだ。

 ながらわが国の官僚には、河川政策に限らず、この「謝罪」がない。水俣症しかり。薬害エイズしかり。今また、姉歯偽装しかり。

2006年2月 5日

公共事業をつくる

 公共事業の批判ばかりしていないで対案を出せといわれて、近年は、法政大学の五十嵐敬喜教授と「市民事業」(中公新書ラクレ)を上梓するなど、公共事業をつくることを始めています。
 
 「パブリック(公)」のために本当に役立つ事業は、それを必要とする市民が自分でつくるのが“あたりまえ”の世の中にしたいと本気で思っているのです。

 今、自分が実際に計画しているそんな“市民事業”は二つあって、一つは高知県仁淀川町で、狩山川という川を1本丸ごと再生しようというもの。

 この「川の自然再生事業」はまたの機会にご紹介するとして、今日はもう一つの“森仕事”をご紹介します。
 
 “森仕事”とは、34才から開高健師と始めた長良川河口堰反対を始めとする、川のための「パブリックな行動」、すなわち長良川を守るために23日間もハンガーストライキをしたりすることから始まって、川のために本をつくったり、講演をしたりしてきた“川仕事”に対して、新たにつくった言葉です。

 ご存じですか、今、日本の杉が世界で一番安いことを—。

本多勝一さんが知床の原生林を伐るなと天然林に抱きついた頃には、「外国の材が安く入ってくるから、日本の木が高くて売れない」といわれていましたよね。私もそう思っていた時期がありました。しかし実際は、日本の木は今、安いので伐ってもらえないというのが現状で、昨夏の列島各地の水害も、土石流の原因の多くは、人工林の手入れ不足からきたものでした。

 そんな日本の森を、「伐って使ってあげて健康にしてあげる」のが“川仕事”の次に私が始めた“森仕事”です。
 
 奈良や高知や岡山の木材を使っている実業家たちと、山から木を出す公共事業づくりを、さまざまにプランニングしているのです。

2006年2月 1日

“公共事業”を悪者にしたのは、私です

 この言葉は、2002年8月に北海道新聞社から『公共事業が変わる』を上梓した際に巻頭で使った言葉です。この本では、これからは建設会社が“緑”の事業などをやってゆくだろうと予言しました。そのとおり、同年12月には亀井派と国土交通省河川局が中心となって、環境省や公明党というデコレーションをまぶしながら「自然再生推進法」が成立しています。(この法が悪法であることは、今後、解説してゆきます。)

 さて。“公共事業”は、ダムや道路や空港など、不要で、大きな自然破壊をしていると責められているのですが、英語にしてみると、本当は愛されるべきものであるとよくわかります。すなわち「パブリックワークス」。私はこの言葉が大好きです。人間にとって大切なことは「パブリック(公)」のために働くことだと思うからです。

 近年、欧米が公共事業政策を変革させているのでその勉強に行くと、必ずむこうの官僚が言うのが「私たちが今、それを使って自然再生をしようとしている技術と思想は、日本が江戸時代まで持っていた「自然をありがたく使わせていただく」というものだ。どうして貴国の官僚はそれを使わないのか」と。

 「日本の役人はわかっていても、“まちがい”を認めたくないのだ」と私が答えると、彼らはまたこう言う。「科学は“あやまり”を訂正しつつ、使っていって発展させてゆくものなのに・・・」と。

 というわけで、欧米の公共事業政策がどのように変わっているかを皆さんに見てもらう国際シンポジウム「日米ダム撤去委員会 第2回国際会議」を計画しました。

 アメリカのハリケーン「カテリーナ」の真相。オランダの河口堰撤去。

 聞いてみたくはありませんか。通訳機器の関係で先着70名しか入れませんが、ぜひご参集ください。

 2月7日、12時、国会第2議員会館へ。

「日米ダム撤去委員会 第2回国際会議」については、以下のホームページを参照ください。
http://damremoval.com/

Profile

天野礼子(あまの・れいこ)

-----<経歴>-----

アウトドアライター。
1953年、京都市生れ。
中、高、大学を同志社で過ごす。
19才より釣りを始め、文化人類学者の今西錦司博士の主宰された「ノータリンクラブ」に属して、国内外の川、湖、海辺を釣り歩く。
26才より小説家、開高健に師事。
1988年には師と共に長良川河口の堰建設反対に立ち上がり、「ダムは不用」の国民世論に育て上げる。
近年は「川を再生するには森を生きかえらせることが必要」と“森仕事”へ視野を広げて、日本の森から材が出る社会システムを作り直すことを各地で提案している。
京都大学が2003年に構築した「森里海連環学」の普及もお手伝いするため、高知新聞社と山陰中央新報社でカルチャー教室「自然に学ぶ“森里海連環学”」を続けている。
2001年より、高知県・仁淀川の源流にも家を借り、有機農業普及のための「高知439国道有機協議会」を07年に立ち上げて、事務局長を務めている。08年7月に養老孟司氏らと「日本に健全な森をつくり直す委員会」を設立した。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
http://www.uranus.dti.ne
.jp/~amago/


長良川河口堰建設をやめさせる市民会議
http://nagara.ktroad.ne.jp/

公共事業チェックを求めるNGOの会
http://kjc.ktroad.ne.jp/

日米ダム撤去委員会
http://damremoval.com/

市民版憲法調査会
http://www.kenpou.com/

-----<著書>-----


『“林業再生”最後の挑戦』
2006年11月、農山漁村文化協会


『だめダムが水害をつくる!?』
2005年10月、講談社+α新書


『「緑の時代」をつくる』
2005年5月、旬報社


『ダム撤去への道』
2004年5月、東京書籍


『日本の名河川を歩く』
2003年7月、講談社+α新書


『市民事業』
2003年4月、中公新書ラクレ


『ダムと日本』
2001年2月、岩波新書


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