「清正の井」が5時間待ちの大人気!
もそも年末年始のテレビのバラエティ番組がきっかけでした。初詣に行く開運スポットの一つとして「清正の井」が願いの叶う人気の場所ということで紹介されました。「清正の井」とは、東京の明治神宮内にある、明治神宮御苑(有料500円)の奥にある井戸のことです。明治神宮御苑の敷地は、江戸時代、加藤清正の子忠広が住んでいた加藤家の下屋敷だったので、清正が掘った井戸かもしれないということで、この名がつけられています。
「清正の井」がパワースポットであることは、それまでもマスコミ上で紹介はされてきたわけですが、火付け役になった番組は、年末ということで特集だったことと視聴率もよかったのか、この井戸への正月の参拝客は、なんと5時間待ちを超える列ができたのです。それから約1カ月。連日の雑誌やテレビの紹介が続き、今でも3時間は待つのが当たり前の人気スポットになりました。
この「清正の井」。4年以上前から私も通ってはいますが、この一年は特に場所の「気」が変わってきていたように思います。
何年か前に私が訪れたときに感じた印象は変わった井戸ということでした。この井戸は普通の井戸のように縦に深く掘っている井戸ではありません。明治神宮本殿の西側あたりの地下水が御苑方向に流れ、自然に湧いている水を集めて横に通して井戸にしているという、極めて特異な井戸なのです。難しい技術なので加藤清正が掘ったのだろうといわれる所以ではありますが、だからといって、出口の井戸が特別に気がよいかというと、周りと一体化していることもあり、そこだけが特別というわけではなかったと思います。
ところが、この井戸目当てにくる参拝客も年々増え、人気がでてきた1年前あたりでしょうか。明らかに、清いと感じる場所になってきたのです。人気がでたことによって、神主さんたちも今まで以上に力をかけて清掃等の管理体制を強化してくれたのかもしれません。また、パワースポットだと思って祈る人が増えたことによって、新しい気を引き込んだのかも。たしかに空気感が変わり、神社のようなエネルギーさえ感じられるようになりました。
元々、原始的な成り立ちの神社は、自然崇拝からの延長であるので、特別に清く感じる場所の近くに社をたて、祀った例がたくさんあります。近年では、神社という建物がありがたいようにはなってきましたが、初めの感覚は聖地から感じるエネルギーへの崇敬だったはずです。それを思えば、神社ではなくて、井戸に願いをかけにくる人々がいる日本は、まだまだ原初の感覚が残っているともいえるでしょう。
テレビで出た人気ではありますが、おいしくないお店がすぐに飽きられるのと同じで、効果があれば引き続き人気は定着するはず。運があがった体験で、自然の神秘をみなおす人も増えるのでは?
また、観光客に聖地を荒らされる感覚をもつ人も多いとは思いますが、ここで清さの感覚に気づくことによって、観光客はマナーある参拝客に変わっていくことも期待されます。清さをまもりたい意思のある人は、率先して清掃などに気をつかい、また観光客は聖地を学ぶことによって、古来から神社や聖地を大切にしていた日本に住む人の感性を取り戻し、今まで以上に聖地がまもられていくことになるでしょう。
「清正の井」がただの人気スポットで終わるのか、日本の精神性をみなおす入口の役割を果たしてくれるのか、これからの推移を楽しみにしています。



コメント (3)
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2010年1月29日 07:58
私は、どちらかといえば、理数系派と自称しています。
中学時代に知った、量子力学に引かれ、以後電子工学系の道を歩んできました。(現在は農家ですが)
私なりに理解している量子の世界は、「ある」と見えて「ない」もの、若しくは、「ない」と見えて「ある」ものと理解しています。
そのことが、影響しているのか、陰陽五行説など、論理的に説明できないものも否定することができないでいます。
けれど、それらは、間違いなく存在すると実感できることが多い。
古来、西洋東洋を問わず、語り継がれる神話や遺跡と呼ばれるもの、更には言葉等にもそうした「気」があるから、延々と受け継がれてきたと思っています。
こうした「気」を感じる力は、生命がすべて持っているとさえ思っています。
ただ、特に現代人は、それ以外のことに「気」が奪われることが、多いのだろうと察しています。
赤ん坊等、他に「気」を奪われることが少なくなれば、穏やかに過ごせるのだろう。
私自身まだまだ、雑音に心を乱されて「気」を豊かなものにできないでいます。
投稿者: 本田 勉 | 2010年1月29日 10:41
トラックバックの仕方がよくわからなくて…。非常に興味深い記事でした。今後も拝見させていただきます。
投稿者: てんてん | 2010年2月12日 02:03