想念の環境問題
(スピリチュアルなことに詳しい人にはアクセス数が多かった、マイブログの記事を掲載します。スピリチュアルモードに頭を設定してから読んでくださいね。)
最近は海が割れるビジョンを見たり、水の濁りを感じたりしていたものなので、改めて水に着目をしていました。
神道には祓戸の祝詞があって、どんな罪も穢れも、祓え戸の四神が海の底までもっていってしまって、なくなってしまうとういうような祝詞です。それによって、祓われ清められると。
その後、どこにいってしまうのだろう、、とは思いつつも、大きな海原には小さなものでしかない穢れは消えてなくなるのだろう、というイメージです。
しかし、最近はゴミを海に垂れ流すことによる公害や、環境破壊で、いくらなんでも川や海の自浄能力に頼るのはやめないといけないのではないか、ということが常識になってきましたが、罪や穢れも同じようなことがあるのではないかと思います。
祓い詞は、大祓い祝詞を省略したものです。中臣の鎌足がつくったとされる大祓い詞を、江戸後期に平田篤胤が短くつくりなおしたものです。祓うところだけをとりだしています。
この、祓いには瀬織津姫等四神の力でされますが、この女神たちは東北に祀られていることがあります。この女神たちが受け取った罪穢れは本当になくなっているのでしょうか。もし、ゴミのように飽和していたら、どうするのだろうとは思っていました。
宇宙の闇に瞬間移動させているのかな、と楽観していましたが、産業廃棄物のようなゴミは飛ばせないかもしれません。燃やすことも流すこともできないとなると、封じ込めるのでしょうが。
いいたいことは、膿とはなんですか、と聞かれたので、説明が長くなっても怖くなってもいけないな、とは思いつつ、歴史上の産業廃棄物級の想念は現代で処理していかなければいけないかもしれない時代なので、そういう見えないゴミは膿なのかな、と思い。
瀬織津姫が処理してきたものから、処理できずに封印してきたものまで、すべて、ツケはまわってくる、と言う感じでしょうか。
龍は自然神の力で、自然の力で処理できなくなったものを宇宙に飛ばすべく、地上に一旦放出させます。封印されたものも、外に出ることもあるでしょう。
環境をまもるのはゴミをださないことなら、想念環境を守るのは悪い想念をださないこと。そうはいっても、個人の力ではどうなの?というのは、同じようなレベルです。
ゴミのあるパワースポットは、人の悪い想念が入り込んだ聖地と同じです。人が入らないところのほうが、清いにきまっているのです。だから、人は聖地を拝殿から拝みます。
さて、スピリチュアルも環境問題のように、奥が深いので、いいと思うことが本当に良いとも限らないので、自分のこと意外で関わるときは、勉強が必要だと思います。
スピリチュアルは宗教のようにいわれますが、私には環境問題のようにも思えます。
女神本で女性について説明していますが、これからは、とうとう男性の歴史上の想念が、蔓延してくるようです。
男性のキーワードは敵対。体制と革新。
和の心がもっともこれらを緩和する概念です。


