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2006年8月31日

今月を振り返っての妄想?

8月が終わるとめっきり秋のイメージですが、気温も少しは涼しくなってきたのでしょうか。

8月15日の靖国神社の参拝の話題も、季節ネタになっていくのかな?

総裁選もあるので、外交問題上忘れられはしないだろうけど。

今月は靖国問題と亀田事件が注目でしたね。

旬のうちに、ちょっとした疑問を感じてるので書いてしまうと。

8月15日の靖国神社参拝の件で、中国が問題にしだした時期と中曽根元首相の参拝のタイミングがどうもひっかかります。

合祀後、大平、鈴木、それから中曽根内閣の初めの二回の参拝のときは何も問題にしていなかったようです。

それなのに、問題としだしたのは、一九八五年の中曽根総理の参拝以降、今のような問題が起きてしまいました。

このひっかかりは、特に韓国に争点を提供しているともとれて、疑問なのです。

翌年から、中曽根元首相は中国との関係上参拝を控えるのですが、問題だけは残ります。

8月15日に参拝することに様々な議論はあるでしょうが、私が感じるのは、韓国人(朝鮮民族の一部)が日本攻めの理由(靖国問題)を自らつくり、怨念ともいえるような思念をむけているように感じます。その思いを利用して諸外国(中国及び他宗教)のもっと強い日本攻めの意識が働いているというか。

しかし、その想念のきっかけをつくっているのが、まさかこの中曽根さんの靖国参拝であるというのは、考えすぎかもしれませんが、、。偶然とはとても、、。

日本の各地にみられる色情霊や怨念霊を調べているうちに、とても政治的なまたは宗教的な力を感じてしまったので、いろいろ仮説をたててはみていますが、靖国参拝も仕組まれたこと?なのかなと疑問です。

亀田事件もちょっとしたひっかかりです。亀田の背景色があまり日本的ではありません。それでもって、森さんや小池さんなど政治家も観覧しているだけなのか、参画しているのか。他にも名前を使われている人(こもんずの面々も名前を使われています)も含めると、何を巻き込もうとしているのかしら、、と。

靖国と亀田、全然違うようでつながっている。

そんな風に感じて、ますます興味がわきました☆(妄想ですよ!)

4年前に北朝鮮や韓国の未来についてリアルな夢を見たことがありました。

それから私の韓国への興味がはじまるわけですが、先日の高野氏のブログに韓国某企業のことが書かれているのを読んで、何をひらめいたのか、私の韓国を霊視する趣味がまたまた目覚めてしまったようです。

霊視は証拠がないとただの推測になってしまいます。

個人の鑑定はその人が信じるか信じないかというレベルですむことなのですが、社会のことは証拠をみつける作業に霊視を使うところまで具体性がないと、妄想扱いされるので他人に話したりはできないことです。
(書いちゃってますが、、)

政治的な国家間の確執も元々は個人間の感情からくるものなので、因縁は同じレベルだし、原因があるので解決の糸口がみつかるかも。

そう思って、私なりに好奇心をもって日々霊視探偵していますが...靖国神社、亀田、六本木ヒルズ、、、つながる線が見えるようだと思いませんか?

<今日の占い&一言>
星周りからみると、来月は電波を使った企業(IT、マスコミ、テレビ等)が叩かれる月。TBS大丈夫かな?

2006年8月29日

今日の占い☆スタート☆

私は霊視鑑定を、約7年ほど続けています。

もちろんそれに付随するもろもろのこともしているのですが、何をするにしても、基本で欠かせないのは霊視です。お祓いするにしても悪いものを見るのはまず霊視ですし、開運策を練るのも、霊視で診断してからです。

内容はいろいろですが、仕事、恋愛、健康、がとりあえず一番でしょうか。最近はそれに加えて守護霊、前世、が加わり、江原さん効果で相談者も昔と比べるとセミプロのようです。

経営者の場合はそこに会社の運気が加わりまして、恋愛運=提携先、取引先との縁、健康運=会社の弱点、など同じようにみることができます。

会社の守護霊というのもいます。霊というと少しオカルトに感じますが、ユングは霊のことを集合無意識と名づけていますから、会社の集合意識と理解するとわかりやすいかもしれません。

会社は創立した日というものが誕生日になり、人と同じように運気をもちます。そして人の命にあたるものを会社にあてはめると私はお金と考えています。資本金は生命の誕生と力です。そして、利益を生むことによって成長していけます。毎日お金を食べて、自分たちの食べるものを生み出していかなければいけません。

人はお金ではなく、本来衣食住がそなわっていれば生きていけるものです。会社はお金がなくなると死=倒産をむかえます。

そんな自分なりにきづいたことなどを総合して、日々あまり意識することなく、その人に一番よいと思われる対応で鑑定をしています。良いことばかりいうわけでもなく、時には悪いことをはっきりいってしまっていますが、特に意識せずに言葉にまかせているのです。

初めの頃は良いこと8割、悪いこと2割とか配分を考えたり、いろいろ鑑定方法で悩んだ頃もありましたが、今は相手を気にしていないのか、慣れすぎたのか、そのときでてきた言葉の分量だけいうようになりました。

どうして、この霊のことをいわなかったのかとか、先祖のことも言えばよかったかな、と思うときはありますが、そのとき言わなかったことは必要ないことのほうが多いようです。

これから、「こもんず」上で今日の占いをはじめようかと思いまして、まず、私のメイン戦力の霊視の説明をしてみました。相談者の名前を伏せて例も紹介してみるつもりです。

<今日の占い&一言>☆スタート☆
今年は数秘術では8の年でやる気さえだせば、仕事が進む年でもあります。残された4ヶ月はどんどん前に進む気力が大事です。前に進んでいる人に神様は味方しそうですよ。この際、足を引っ張る存在のケアをするより、振り切って突き進んでしまったほうが祝福を得るでしょう☆

2006年8月26日

注目のスポット“六本木ヒルズ”同行ロケ the ムービー

お待たせしました!!

2006年7月10日(月)に行った「六本木ヒルズ”同行ロケ」の映像をアップしました。

六本木ヒルズ”の新しい楽しみ方を発見できるかも...

映像はコチラ
MP4(320×240)
5分57秒(25.4MB)

2006年8月24日

スピリチュアルとオカルト

スピリチュアルの意味は心霊的という意味なのですが、スピリチュアリズムという言葉は、英語においても最近定着した言葉のようです。

もともと、霊といえばシャーマンからくるシャーマニズムなのですが、そこから、オカルトやスピリチュアルという語にわかれたようです。

津城寛文著「霊の探求」の中で、主に、スピリチュアルは謙虚な性格に代表され、霊を受けて、霊主導型のあり方、オカルトは自尊心ある性格が霊をコントロールしようとするあり方、に二分されています。スピリチュアルに比べてオカルトの人のほうが召喚しようとするものが高次元であることが多いとか、知を否定して霊を受け入れるスピリチュアリストに対して、自己の知を肯定して、その指導をする立場の霊を召喚するという点でオカルティストの方がより自発的であるなど、細かく分析されていました。

霊的な分野に興味のない人にとってはどっちでも変わらないようなことなのですが、この受身か自発的かで名前が変わるというのは私にとっては結構面白い分類わけです。

そして、最終的には謙虚な人がスピリチュアリストで、自尊心が強い人がオカルティストであるという結論も主観的である感が否めませんがある意味わかりやすいかもしれません。

しかし、この二者が絶対的に分かれているのか、というとそうではないようにも思えます。現に私はスピリチュアリストと英語を使ってしまっているのですが、いつも神霊に対して謙虚かというと、そうでもなくて、悪い霊に対しては時には威圧的であるし、何でも霊を召喚しようなんて怖いことはしませんし、ある意味オカルティストであるわけです。修行なんてしている人は確実にオカルトティストなわけで、ちょっとした謙虚な霊感お姉さんはスピリチュアリストということでしょう。(?)

自発と受身の分類わけについてはスピリチュアリストからはやはり反論があったようで、結局謙虚な性格の霊能者はスピリチュアリストだという結論になったようですが、霊学ってなんだかあいまいなものに感じられてしまいますね。(笑)

この考え方をベースに、私が定義するなら、オカルトティストとは、一神教のあり方で、神という知性体がいて指導を仰ぐという種類の人、スピリチュアリストとは多神教や自然系のエネルギーと共存しようとする種類も人のような気がします、その結果、性格の違いがでるのであって、性格の違いがこの二者を決めるものでは多分ないでしょう。

神道のあり方は基本的にスピリチュアリズムです。しかし、神道も神仙道の要素や、陰陽道の要素、また、祭神に対しての使命感のようなものが生まれるとオカルトに変わりやすいものです。だからこそ、危ういものと隣合わせにもとられがちです。

古神道はスピリチュアリズムです。卓越しようと思えば、スピリチュアルからオカルトの経験を経て、より高次元なスピリチュアルの域を保つことによって、知性や徳などが基礎にあり、霊に主導権を渡さないでエネルギーとつながるスピリチュアリストとなるのですが、古神道的スピリチュアルはオカルトを包括するスピリチュアルという位置にあるバランスのよい思想だと思います。

自然とも神ともむきあって、どちらが主導権というでもなく、共存するエネルギー、それが理想でしょうか。

スピリチュアルや霊学自体を否定している人にとってはどちらでもよい話題ですが、定まってないからこそ面白い思想なのかもしれません。

2006年8月15日

神主の決心(2)

前述の中曽根元首相の「分祀(ぶんし)でなければ解決できない。神主が決心すれば決まることだ」というNHKの討論番組でのご発言に対して、私は元首相の発言に疑問を感じる旨のコメントをしました。

ところが、昨日のインサイダー誌で高野氏は「分祀でも抹消でも廃祀・再合祀でも「神主が決心すれば決まることだ」と中曽根が言うのは案外本当ではないか。暁玲華さんは《ざ・こもんず》ブログで「違う」と言っているが、このあたりをもう少し詳しく教えてもらいたい。分祀は、旧来のコピー&ペーストでなく新たにデリート&ペーストの様式を創造すればいいのではないか。」

というご質問をいただきましたのでそれに対してご説明をいたしたいと思います。

まず、宗教法人である以上、基本的には神主の決断で決めてよいことだとは思います。もちろん、神社庁に属しているのでしょうから、神社庁の方針にそって考えても無理のない方法をとればよいでしょう。(
*神社本庁には所属していませんでした)靖国の御魂を神としてお祀りし、毎日その神に対してのお世話と祈りを捧げることを職としているわけですから、その御魂に対しては、一般人以上の畏敬の念があるだろうことは想像できます。それは、神主個人の自由かもしれません。

私は、宮司はそんなことは承知で、今のところ分祀しないことを決断しているのだと思います。

中曽根元首相の「分祀でなければいけない。神主が決心すれば決まることだ。5分で決まる」等のご発言は、宮司に対しての圧力のように感じました。しかし、宮司が逆の「分祀」を決心するということは、神主で生きてこられた方なら、様々な信条を壊し、また、思想を壊し、伝統を壊し、それを超えて決断するというような道のりがあり、5分では決められません。もちろん、いったんA級戦犯を外すという結論がでれば、分祀はともかく、合祀取りやめだとか、いろいろ方法論はあるでしょう。神主が決めれば5分でできないことではありません。

ただ、今のところ、宮司や神主等を納得させるほどの理由がないから、分祀の決心をしないのだと思います。分祀はありえないことをあえて試みるのですからよっぽどのことですよ。そして、中国や韓国やマスコミがうるさいから変えるほどの軽いものでもありません。日本の国に誇りをもち、どんな理由であれ国のために陛下のためになくなった方たちを祀りあげ、亡くなっても神となりその御魂を永遠に御守りするという決意で日々職務にあたっておられるかと思いますので、その御魂を政治的な理由ではなかなか触れないでしょう。

筑波宮司は合祀ではないと思って、A級戦犯の方たちを7年も合祀しませんでした。お亡くなりになった後、軍人の松平宮司が赴任され、国の命なのに何故今まで合祀しなかったのだといって3ヶ月で合祀したそうです。神主の経験がない軍人の方だからこそできたことなのではなかったのでしょうか。しかし、合祀した後は靖国神社の方たちにとっては既に神であるので、戻ることはできません。しかし、元々が国のそういった謀りで靖国に祀られたA級戦犯ですから、外したいなら、また国が圧力をかければよいではないですか。裁判で決まりました、とかいって。。。

はっきりいって、そこまでいくと、もう靖国神社は戦後からその兆候がはじまり、今に至るまで、とうとう神社とはいえなくなってしまいますね。国は介在し、政治に左右され、マスコミにのってしまえば、崩壊の一歩をたどることは宮司が一番わかっているのではないでしょうか。今、突っぱねて神社としての精神を護ることで、靖国はどうにか神社であるのです。

分祀を決心した時点で、靖国神社は麻生氏がいうように宗教法人ではないほうがずっとやりやすくなるでしょう。もともと神道的精神で靖国の御魂をお祀りしているほうが無理があったのかもしれないのです。

国のために亡くなった方たちを誰がどうといわず、慰霊の対象として供養してさしあげればよろしいのではないでしょうか。戦争は悲しい過去で誰が悪いわけでもないことは誰もが賛同できるはずです。

靖国神社とて一宗教法人ですし、神道とて宗教です。(私のいうスピリチュアルに近い古神道とはまた違います。)その枠組みに政治を介入させようとすることは、国家神道がその逆だったように、口出しできないことなのではないでしょうか。

結局、靖国神社が決めることを、中曽根さんやマスコミがとやかくいうことはやはり違うのです。時を待って、靖国神社が自ら御魂の行く末に結論を出すでしょう。
(答えになっているでしょうか?)

ところで、今日、小泉さんが参拝しましたね。どうせ8月15日に行くなら毎年行っておいたほうが立派に見えたかもしれません。参拝が習慣の方なら神社に行かれるのは個人の勝手なのでしょうが、辞め時のスタンドプレーとも映ってしまうのは気のせいでしょうか。韓国や中国に嫌がることをあえてしたという点では外交上問題があるとする人もいるのでしょうが、これらの国の関係ってよくなりようがあるのかしら。何をしてもケチをつけようと身構えてるいじめっ子のように感じてしまいますが。

2006年8月14日

スピリチュアルに宗教はない

先のコラムの続きが分断されながら、やっと最後になりました。

スピリチュアル的な力は天や大地との関わりからくる人間の本能を目覚めさせ、自分自身の魂及び命という存在と真に向き合い、他の生命とも向き合える力です。

鏡を見るといつも自分がいる、神とは自分自身であることの原理を示しているのが本来の神道の型の示すものだと思います。また、神道は人に「天と地と人」という自然の中で神をみつけることを誘導する、とても高度な伝統文化だとも思います。神主は教義をといたりはしません。この型を示していくために文化を継続、保存することが第一義です。宗教ではなく神の道を示す文化です。

宗教は個人の自由であって、国が関与するものではないとか、宗教は人の心の平和を作り出すので、平和的な概念だという印象がありますが、この宗教こそ、だからこそ戦争のもとになる難しい概念だと私は思います。

私のつたない体験からで恐縮ですが、私は性格上、興味のあることに首を突っ込んでいって危険にさらされるということはよくあったりします。(_ _;)(治す予定)

以前、宗教観の違いがありすぎて、いろいろな事件が起き、私は悲しくて怖くてどうしようもないというような現実にさらされたことが外国でありました。日本ならそれでも神社が守ってくれるという安心感があるのですが、外国だと無力に感じてしまうことがあります。

そのとき、瞑想をしていて耳を澄ますと、トリがさえずり、風の音が聞こえてきました。窓に目をやると青々とした木々たちがみえます。その瞬間、私は一瞬にして恐怖から立ち直ることができたのです。何故なら、地球上に木々がある限り、日本でなくても、大地と共にある神たち、つまり木に宿る神は世界中にいる、と実感し、感動できたからです。(神というか光というべきでしょうか)宗教団体の霊はほとんどが人霊なので強烈な力で攻撃してきます。しかし、古神道は天と地の自然と共生しようとする人の道のはずです。木や花や鳥がそんな強い力を前に何ができましょう。お門違いだし、敵じゃないのに、と笑みさえでてきました。しかし、そんな光に満ち溢れた自然の姿を感じただけで、これからは、どこに行っても木や草花や鳥という自然さえあれば怖くないと実感できた出来事でした。そのぐらい植物等には人の心を恐怖からをも救うパワーが秘められています。そして私をスピリチュアルにしている最大要因のようです。(古神道の思想は砂漠ではなかなか難しいでしょうね)

今日のウィリアムリードさんのコラムにも合気道で撫で下ろすという流れのことが書かれていますが、まさに、対抗ではなく、引いて災いをよけるのです。合気道が古神道の思想でつくられた武術であることがここでもよくわかります。

自衛隊に関することにもヒントはあります。日本は大戦後、二度と戦争は起こしたくないという思いもあって、軍隊は持たないことになりました。しかし、今、アメリカに頼りすぎる自国の現状から、軍隊は必要なのではないかという意見もあるでしょう。相手に対抗しようと思えば、軍隊は必要だし、アメリカも必要だと思います。しかし、もともと弱いものでも、木のように光を発し、光合成をするように生産性があれば、今、木が地球上から消えてないように、生き残れるのではないでしょうか。国同士の勝つ負けるの意識で同じテーブルにいる以上は遠い幻想のように思えるでしょうが。平和の真の意識とはそんな自然のあり方に学ぶ要素があるように思えます。

宗教団体について、
キリスト教の各宗教団体やイスラム教団等の大きな宗教団体を含め、宗教団体の霊とはとてつもなくスゴイ力をもっています。その状況から察すると宗教が戦争の理由というのは明らかに思えます。宗教観の溝を埋めていく作業は、人のこれからしなければいけない課題だと思います。神と人の間にブローカーのようにあるのが宗教及び宗教団体(生活の知恵としての宗教観を除く)のように思いますので、本来の、神への信仰という形が素直にダイレクトであることが望ましいのではないでしょうか。

占いからスピリチュアルまでの説明がやっとここで終わりました。

長々と読んでくれた方々、ありがとうございました。

2006年8月13日

御質問の件・オーラについて(2)

昨日のコラムのご質問の件ですが、回答があまりにも長くなりましたので、本文で答えさせていただきます。

ご質問の件ですが、

1.オーラについて
2.シンクニシティ及び直感について
3.信者意識について

に分けられると思うのですが。

やはり、わかりにくく混同しやすいですよね。

1.オーラについては上記の説明では足りなかったようですね。

人には2つのオーラがあると申しました。一つは魂の光。光の色が様々あるのでオーラの色といっているのでしょう。もう一つはそれに重なってその人のその時の状態や感情による光の色です。

魂の光は生まれたときからもともとその人に備わった最も強く求めているものや、発している感性の光の色です。

次に、それに重なるオーラですが、やはりその人の精神的な位置や感性、ものの考え方や感情が反映されます。そしてその人の雰囲気を全体的につくることになっています。

暖かな心の人を温かいなぁと感じる雰囲気は、オーラの色というより、その方の愛の量ともいえるので、どんな色でも光輝いている方といえるでしょう。オーラの色はその人の個性になるので、良い悪いはありません。しかし、光り輝いているのか、くすんでにごっていたりグレイや黒いのかどうかということは、その人の愛情や人間性の良し悪しに大きく関係するとは思います。他人の幸せを願える人は光れます。逆の人は自分のオーラをくすませているのです。

2.次に直感について、過去の経験からということですが、一概にそうとはいえません。他にも理由があるからです。

過去の経験を、その人のDNAという範囲にまで、前世も含む過去までさかのぼるのなら、それは的をえているのかもしれません。潜在意識からくるというのも、その意味でそのとおりでしょう。潜在意識や魂は時空を超えて、認識できる能力があります。離れたところにいる祖母のことは、実はすでに見えていたのです。しかし、顕在意識は気付くことができません。そのため、潜在意識はいろいろ信号をだして知らせていたのです。明らかに他人の潜在意識やエネルギーである先祖神や守護霊、生霊として知らせにくるときもあります。

3.信者意識についてですね。

何故信者になってしまったのかというところがポイントです。人は、感情的に正常ではないとき、(例えばとても苦しい状態のとき、恐怖を感じたとき、ハイテンションのとき、眠っているとき)、何か別のものの力を借りてすくわれようとして受け入れたり、直接潜在意識に飛び込んできたエネルギーを受け入れてしまったりします。

ですから、どんな場合でも、信じる瞬間というのは、潜在意識や魂のガードをせず、開くことによってエネルギーの密接なつながりをもってしまっているのです。これは催眠術の原理と一緒です。

宗教は救われたい人に暗示をかけて、潜在意識に入り込んでいるのです。

先日逮捕された、一夫多妻制の渋谷被告も部屋を暗くして恐怖心をあおり、潜在意識が開かれようとしているときに暗示をかけてモテ男になりました。

やくざの親分が恐怖を体験させて子分がはなれられなくなるのも同じ原理です。

お酒や踊りも同じように催眠がかかりやすくなります。

人の潜在意識というのは、そのように無防備だと簡単に入りこむことができる水のようなエネルギーなのです。ですから、まずこの状態に陥っていることが不都合な場合は催眠をといてあげばければなりません。(恋もこの類です)

暗示を解くには、自分の自立した魂を光らせる努力をすると、他に依存しなくても自ら成立するので、暗示エネルギーは放出して出て行きます。それを繰り返す努力をすることでいつかは目が覚めます。しかし、大体の信者さんはこの行為すでに放棄している場合があるので、難関です。ですから、暗示元にいっさい関わらないでよい環境を1ヶ月はつくり、自分の幸せを考えさせたりして、本当の魂を目覚めさせる努力をその間するしかありません。

一番早い方法は同じやりかたで暗示を解く方法です。呪文を解くということです。しかし、この方法で暗示をとっても、このような傾向の人間は、また自分をコントロールしてくれる人や団体をさがして信者になるだけなので、根本的な自分の魂の自立を理解しなければ一時的なものでしかなく解決にはならないと思います。

一人一人に、この2000年代を生きるチャンスがあり、魂はこの現代で輝く経験をもつために命を与えられて生まれてきています。ですから、その大事な生命を他人にかして夢の中を生きるようなことは自分を悲しませる行為であることは自分が一番理解しているのです。早く、最も大事な自分を取り戻し、本来の天命を生きようとすることが、マインドコントロールから完全に自由になれる道だと思います。

2006年8月12日

質問の答え・オーラ鑑定

ご質問はオーラや主護神の鑑定をしてどのように導くのかということですが、私自身、オーラはきかれなければ、必要でなければ自分からは言わないことが多いです。その人それぞれ状況が違うので必要ならば前世や主護神やオーラを見て、トラウマを解消し、自分自身に自信をもっていただくためには鑑定をします。

しかし、一般の相談ではそこまで必要な状況であることはあまりないようです。将来や才能の活かし方など、ご自分の生きる道について悩まれている方にこそ、主護神、オーラは効果的で、希望をもつことができるでしょう。

通常はオーラ程度は自分の直感で気付けるぐらい感性豊かであることが望ましく感じます。確認に聞いてみるぐらいがよいのでしょう。

最近はあまりにも流行っているので、知りたい知りたい!で鑑定に来られ、結局お友達と私はこうだったけど、あなたは?というようにファッションというか話題のネタになってしまっています。そういう状況の中で導くというよりは、私は霊視が仕事なので割り切ってお伝えしているという感覚でしょうか。

*(私自身、導くというような概念はあまり好きではないのです。目に見えないものに対する信仰=感謝の念、は誰にでもあるべきもので、そういう感性を身につけて物事をみると解決できたりしますね、ということを示しているだけです。スピリチュアリスト=神を信仰している者、という意味があるらしいです。神と人との間に他人が介在するのは違うと思っているので、私が導くのではなく、そういう力を与えてきっかけをつくってもらったり、うつしたりして感覚を身につけて体感してもらう、または魂を活性化させるなど、本人の力を引き出すことを鑑定のポイントにしています。)

主護神はいつでも最も大事なので、そのことについてのことは悩んでなくても心に訴えるものはあるでしょう。私は自分を大事にして輝いてほしいというのが一番の願いで仕事をしていますから、よいことは聞かれればどんどんお伝えはしています。よいことを増幅すれば、悪いものは出て行きます。

ですから、悪いほうも、問題が起こっているのでなければお伝えはしないし、解決できることは教えて差し上げてはいます。

何だかもっとわかりにくくなりましたでしょうか?

よく質問される私のお仕事ですが...

霊視が主な業務で、お祓いは(除霊、浄霊)今はお休みしていますが、お祭り(会社開き、創業記念日等)の行事は再開できるように準備しています。また、占は超学者とまではいかなくても、一通り勉強してまして、特に数と言葉(数霊と言霊)が専門です。

私の占い「九花宮数」は古神道の数霊と八門遁行を組みあわせた数秘術ですし、言葉の研究は呪文を使うときの基礎でもあります。

占いは未来を予言するためにあることも事実です。ですから、私はやはり未来を視ることは重視しています。また、スピリチュアリストとして、ひらめきやアイデアは大事にしています。その人の才能を引き出すことにも自信があります。(といったところでしょうか。。。)

鑑定業務とは関係ないのですが、一番私にとって大事なことは大地の植物や花、鳥たちと生きていることをベースにすることです。私をスピリチュアルにしていることの根源なのかもしれませんが、いろいろなことを植物たちに教わりました。(詳しいことはまた次のコラムに続く)

2006年8月11日

占い・霊視・お祓い・等の違い... (2)

一昨日に引き続き、「占い」、「霊視」、「お祓い」に関して説明します。
「お祓い」はまたまた前述の能力とは全然違います。霊能者だから皆できるというわけではありません。まず、霊能者がお祭りをせずにできるとしたら、それは成仏させる方法です。浄霊ともいいます。人霊に対して、邪魔をせずに成仏するように説得し、邪念を消滅させます。この方法は最もきれいな有効な方法ですが、悪魔的な魔物には効力はない場合が多いでしょう。あくまで、人霊が多少恨んで、、、とかのレベルが多いです。

次に、宗教的にするお祓いです。これは霊能者であるというよりは、霊に頼む、または神に頼むやり方なので御縁があるかどうかです。

神道ならば、神を召喚し、光をおろすことによって、文字通り祓い清めていただきます。祓うとは成仏ではなく、他へやる、または消えてくれというような意味です。「清める」は多少成仏的な意味合いもありますが、感情に訴えるものではなく存在自体に光を当て、一瞬にして念を消滅させる「浄霊」です。人というよりも魂の光相手です。

仏教の方はお寺に宿る神的な人霊に頼んで感情的なしこり、因縁をとりのぞいて成仏させます。霊能者のやり方と似ています。動物系もこのやり方で除霊できます。

他に陰陽道や神仙道などは神道的なことに加えて、しつこく、魔物を退治するというやり方で徹底しているので修行は必要です。除霊に適していると思います。

地鎮祭などはその土地に神(光)が宿ることを認め、邪霊が住めないようにしてしまう儀礼です。地元の神主さんで実際十分効果があるので、それこそ地元の神社とのご縁の深さの由縁で、神主自体に能力がなくても可能です。先祖因縁や土地にしつこい災いがある場合のみ、専門の修行者に頼むとよいでしょう。

次はご質問のオーラ鑑定についてです。(つづく)

2006年8月10日

神主の決心?

昨日のNHKの討論番組で、中曽根元首相は靖国神社参拝問題についてこんな発言をしたらしい。

・小泉首相は陛下に靖国参拝を促すようにするべきで、自分が行くとか行かないとかばかりで思慮がたらない。

・分祀でなければ解決できない。神主が決心すれば決まることだ。

NHKを見ていたわけではないので、この内容以外にニュアンスがあるなら、申し訳ありません。

しかし、記事を読む限りは、はぁ?とちょっと首をかしげる。

靖国参拝を首相の正式参拝として初めた中曽根元首相。

陛下が参拝できるためにはじめたことだったのかな?というところはなるほど、と思う。

でも、分祀論を言い始めた中曽根さんだけど、何で分祀できないといってるのか今もってご理解してないのでしょうか?

先日テレビで民主党の小沢代表は分祀ではなく、合祀の取り下げと、意味を理解して発言してましたよ。

神社は一度ご祭神として祀られたら、御魂を分けるというか取り下げることなんて、基本的にできないですよ。

靖国神社の神主といえども、神道学んで神主になっていますし、伝統を崩すことは自分の代でしてはいけないことぐらい重々わかってるんですから。

その中で、どう解決していくか、、という議論のはずなのに、神主の決心って、どういう理由でですか?

当時の厚生省の判断に対して、靖国側では「まちがっている」と、今になって判断するので、祭神名票から外すことにした、という決心なのでしょうか。

ちょっと短絡的に感じました。

中曽根さんともあろう方が神道を理解された上でご発言なさっているのでしょうが、一神主が決断してよいことなら、とっくにしてるんじゃないのでしょうか。

2006年8月 9日

占い・霊視・お祓い・等の違いについて(1)

昨日のお話に加えてコメントでも、占いと霊視とお祓いは混合なさっている方が多いのかな?と思いましたので、ご説明いたします。

まず、占いには3種類あります。東洋式に説明しますが、西洋でもかわりません。

まず、生年月日で見る占いです。西洋占星術とか四柱推命とかそういう占いです。勉強して身につけます。

次に、卜占といって、そのときの状況を占います。これには生年月日はいりません。タロットカードとかルーン占い、易がこれにあたります。私のサイコロ花占いもこの分類に入ります。占う人は、カードやサイコロに邪念が入らないように守りながら、正確に読む能力が必要になります。物を介す占いです。

次に相といって、手相から始まり、人相、家相、風水のことをさします。これは、体系化はされてますが、一番大事なことは気を読むという能力です。そして、その気がどういう意味をもつか分析できなければいけません。

これに医、薬がくわわれば仙といって、仙人になれる能力の下準備ができるわけです。

上の3能力は占師にはあるとバランスがよいとされています。霊視は気を読む能力のことをいい、相にあたります。占いはもともと霊視的なものです。それを一般人にも体系化しようとしたものが本になったりしているので、本来は何も能力がないのに占いをしているとしたら、それは学者でしょう。

霊視は人それぞれだと思いますが、見えるか見えないか、感じるかどうかです。聞くというのもあります。知りたいことを見るためにその人の気や魂、(またはDNA)とかから、時空を超えてバックボーンが見えるかというところです。

主護神は前述したように、その人の魂が前世または未来で輝いているときの存在ですから本人の姿です。霊的な姿は本人の魂の状態を反映してそれなりの格好をしているので雰囲気も伝わります。守護霊等のことも詳しく6月頃(護ってくれる存在)に書いてます。これらも先祖神やらがビジョンで現れます。感情を伴っていることもありますが、これらは経験で何なのか大体分かります。そういう守護の存在とは別に、その人を邪魔しているのは何かを見たときも、その霊を霊視することができます。

タロットばかりしている人が西洋占星術に弱くなってくるのと同じように、やはりいつも何を見ているかで多少得意不得意はでてきますが、能力のある人は、一度できれば大体できるでしょう。

オーラはその人の魂の輝きの色と感情のオーラと2種類あります。もともともっている光がやはり大事です。それらは、その人の内側から大小ありますが光っています。色も一生変わりません。この光を輝かそうというのが私の「光華明彩」という言葉の意味です。魂のオーラの光は人それぞれ色が違うけれど、輝きましょう、という意味です。感情のオーラはゲームセンターや機械のオーラ写真でも撮ることはできます。これらはそのときの状況を表しますから、卜占のタロットのようなものです、しかし、本質ではありません。

次は御払いの説明ですが、長くなりましたので、また明日へつづく。

2006年8月 8日

NCの応援☆

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夕方、新規にNCの代理店になられた京都の株式会社ホロスプランニングの堀井社長と高光産業の妹尾社長とお会いしました。

堀井社長は1級のファイナンシャル・プランニングの資格をお持ちで、京都で100社以上の会社とお付き合いされているそうです。NCには心強いお仲間ですね。

結構スピリチュアル分野にもご興味がおありのようで、いろいろ質問されましてお話がはずみました。

スピリチュアルというとイメージ的に主護神とか精霊とかのイメージだとは思うのですが、たいてい男性はオカルトな霊の話を連想するようです。六本木ヒルズのネタも含めて、オカルトネタの暁玲華になってません?

確かに、オカルトは話し出すととまりません。それに、ついおもしろおかしく話してしまう自分にもあきれますが。季節的にもピッタリですしね。

一応、そっちの方面も専門ですが、やっぱり「光華明彩」なので霊より神様相手に語りたいですよ。本当は。

NCがもっともっと成功するように、悪い霊をよせつけないオニキスのブレスレットをお二人にプレゼントし、堀井社長からは著書をいただきました。

何々、、『そろそろ、「しゃべる」のをおやめなさい』(TFP出版)
営業の本のようですね。

しゃべりすぎると運気も下がりますしね。

私も気をつけよっと。

(注:私の右目をみてください。ちょっと怖い霊視の直後なので霊障目が抜けてません、、。あっ、またオカルトに、、、。)

サイコロ花占い

ちょっと気恥ずかしいのですが、、、。

今日発売の「女性自身」に暁玲華の「サイコロ花占い」が掲載されています。
http://www.kobunsha.com/CGI/magazine/hyoji.cgi?sw=index&id=001

花の写真を6面作り、サイコロに組み立てられる厚紙入りです。

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全てよいことがでますので、運気アップまちがいなし!!

こもんずの読者様方にはご興味ない分野かもしれませんが、自分が今どのくらい運がいいか試してみられては?

知り合いの画家が早速試してみたところ近々ブレイクが予想される、、らしい。

奥様、または女性社員にちょっと買ってきてもらうと入手できます☆

2006年8月 7日

北朝鮮に愛は通じるのか

8月15日が近づいてきました。

去年は8月15日に初めて靖国神社に参拝しましたが、1時間ぐらい列に並び、まるでお正月の初詣状態でした。炎天下の元暑くて伸びてしまったことしか記憶にありません。その、靖国神社はいつも何かしらの問題を抱えていて、合祀だの正式参拝だのと、宮司さんもストレスが耐えないことかと思います。

ストレスの一つに、最近テレビでも取り上げられた「北関大捷碑」の返還の件がありました。現在の北朝鮮の地で豊臣秀吉が朝鮮侵攻した際、朝鮮側が大勝して記念した碑です。それを、日露戦争の時、戦利品として日本に持ち帰り、今の靖国神社に置かれていました。

この返還にあたり3年前から知人を通して状況をいつも聞いてはいたので、行く末を見守ってはいたのですが、去年末に韓国へ渡り、今年3月に北朝鮮に返されました。このことは、全て、日韓仏教福祉協会という団体および柿沼洗心が行ったことで、民間外交で大事をなしえたという感です。8月1日発売の9月号の月間「現代」256ページに詳しいことが紹介されています。

この「北関大捷碑」の返還について、私は以前からあまり賛成とはいえませんでした。

(神道の本質とは別に、神社によく行くからなのか、)一時私は愛国心が強すぎるあまりに偏った意見をもったことがありました。そのとき感じたことは、韓国や北朝鮮が敵というわけではないにしろ、敵視されていることは確かで、(特に韓国の大統領がノムヒョン大統領になってからは、北朝鮮よりなのは否めず)、そのような国が優越感に浸るようなものをどうして返すのか、と疑問に感じました。豊臣秀吉や加藤清正だって負けたことを記念された碑など壊してほしいぐらいだろうから、戻すなんてとんでもないと。いずれ北とは揉めるだろうから、そのときの切り札においておけばいいじゃないか、とか、余計なことというのは申し訳ないけれども、日本の国を売るつもりかとまで憤慨したことはありました。靖国神社にたむろしているような霊などは結構、今でも怒っているとは思いますが。

しかし、愛国心は聖戦を生み、自分たちの正当化を主張しあえば何も解決はせず溝は深まるばかりで、平和とは遠い概念です。日本を愛してなおかつ世界の魂全てを愛するのでなくては、必ず敵を存在させてしまいます。

私は鑑定のときにいがみ合った夫婦とか人間関係で憎みあうことに疲れた人に結構嫌な顔をされるアドバイスをします。憎しみが続くと人はどんどん運気を落としますので、そこから回復させなくてはいけません。そのため、一番嫌いな人の顔を思い描いて、「ありがとうございました」「愛してる」という言葉を言わせるのです。夜寝る前に5分実行してください、というと、大抵「愛してる」は勘弁してください、といわれてしまいますが。

面と向かって言えなくても、まず心だけでも自分から許す方向へ向かわないと、本人の心と魂がすさんでしまうのです。結果、運気が落ちて、また、人のせいにしてしまいどうどうめぐりです。

柿沼洗心のしたことがどうだったのかは、私では判断できないので、歴史が評価していくのだとは思う。こういう政治的なことは、そのときよいと思ってやったことが後々いらないことで、そのときとんでもないと非難されたことが、後々功を奏するなんてことはよくあることなので、人が判断できる範囲を超えていると思うからです。柿沼氏は毎月1日にもう何十年も決まって靖国参拝をしている人です。靖国神社の真の御魂が嫌がることはするわけもないでしょう。

柿沼氏は比叡山出身の僧侶だと聞いていますが、その、人間関係の過去の因縁を埋めるのにやはり人間同士なのだから、という愛が流れていることを信じて行った行為で、深い愛の賜物だったということなのでしょう。

韓国側は丁重にうけとったものの、式典では完全に柿沼氏を無視し、北にいたっては当たりまえのことだからというような理由で感謝の気持ちすらないようです。返還に反対側の日本人は、それみたことか、といらないことをした余話張りで、考えが甘いとか、売国者だとか、批判的です。

その後、北朝鮮のミサイル事件で、日本と北朝鮮は緊張関係にあるので、3月でなかったらこの返還は実現しなかったでしょう。

政治的に失敗だと思われかねないこのことも、隣国間の因縁を思えば、大きな進展です。現在の人たちがいくら相手にしなくても、過去の朝鮮の人たちはきっと認めてくれている。彼は僧侶なので、やはり成仏を念頭においているということがよく分かる出来事ではあるのです。一個人の小さな歩み寄りの心が、国同士の亀裂を埋めていく一歩になります。だから、政治家のトップがしなくても、個人でできることはいくらでもあるのかもしれない。

はずかしながら、「北関大捷碑」返還が本当に実現し、向こう側に冷たい仕打ちをされたのを見てから、初めて、このことの意味が理解できました。隣国との因縁の解決には、多大なエネルギーがかかる。しかし、やれないことはないと思わせてくれる一連の出来事でした。

2006年8月 1日

合祀とりやめの訴訟??

またまた靖国問題です。

今日の新聞記事によると「勝手に故人を合祀され、人格権を侵害された」として、靖国神社を相手に合祀取り消しと損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こすらしい。

靖国神社を被告として合祀取り消しを求める訴訟は初めてという。

以前に別の遺族が国を相手に訴訟を起こしたが、東京地裁は5月、「合祀は靖国神社が判断したもので、国と神社が一体となったものではない」と原告の訴えを退けていた。今回の訴訟は、この判決を踏まえてのものらしい。

靖国神社からA級戦犯の合祀を取りやめるために、いろいろな戦略でしかけているようにみえる。先日の昭和天皇のメモの公開にしても、畳み込むようにあのテこのテと切り札をだしてくる。あの件で遺族会に動揺があったことは新聞報道からも伺えた。

今回の訴訟も9割がたは退けられるとは思うものの、双方から責めることによって、社会の風潮の流れを変える一端にはなるのだろう。

靖国側も尤もな理由がないと宗教上の思想を超えてまでは、祭神票に手などだせない。最高裁で一人でも祭神票から外して合祀をとりやめるという判決がでるとなると、それは靖国神社の責任ではなくて、国の責任となるので言い訳はたつ。

総裁選はまだだけれども、このままだと次の首相は安部さんなのかな?

安部さんは結局この混乱したアジア情勢の中で立ち回っていくことになりそうだし、責任は重い。

隣国に対する愛とはとても難しいとは思う。こじれた兄弟関係を修復しながら良い方向へもっていくようなもので、親密な関係ほど、どろどろしている。表面上優しくしたり、機嫌をとったりしても根本的な解決にはなり難い。相手の国が最も発展できる道を、厳しくても深い愛で根気強く支えあっていくしかないのだろう、とは思うから。追い詰められて切れそうな北のドンだって、いじめられすぎると悪魔に従うしかなくなっちゃいますからね。

Profile

暁 玲華(あかつき・れいか)

-----<経歴>-----

1969年:東京生まれ。
1993年:千葉大学工学部建築学科卒。大手建設会社勤務の後、占い師及びスピリチュアルカウンセラーに。
1999年:神社庁神職資格取得。
2002年:東京大学大学院新領域創成科学研究科で非常勤研究員として勤務。象徴研究に従事。
2004年:象徴研究家、スピリチュアリストとして活動を始める。古神道の自然との共生の思想に注目し、日本の精神と大地のメッセンジャーとしてセミナー、講演をはじめ、スピリチュアリストとして執筆、鑑定、また各種占い関連の執筆等の活動をしている。

BookMarks

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