« 2010年8月 | メイン

2010年10月24日

メディアの忘れ物 口蹄疫禍と切原ダム

欠陥ダムを生み出した九州農政局はお隣の宮崎県で現在、農業用ダムを建設中だ。畑地灌漑用の切原ダム(宮崎県川南町)で、周辺の約一五八〇ヘクタールの畑にパイプラインでダムからの水を引くものだ。いわゆる土地改良事業のひとつである。水路などを含めた総事業費(国営分と県営分の合計)は約三九〇億円にのぼる。工事は一九九六年に着手され、切原ダムは来年度(二〇一一年度)内に完成する予定である。

ダム工事などは順調に進んでいるが、ある本質的な問題で事業全体が難航している。畑作農家の意向である。負担金を払ってまでダムからの水を利用する必要はないと考える農家が多く、事業への同意取得がすすまずにいる。つまり、利用者を置き去りにしたまま事業が始まり、進行しているのである。事業の対象地域は宮崎県東部の三町で、なかでも川南町の畑作農家が中心だ。

川南町は日本三大開拓地として知られる農業の町。コメ作りや野菜作り、畜産や養鶏が盛んで、全国でも有数の農業算出額を誇る。そんな川南町が今年、未曾有の危機に見舞われた。例の口蹄疫禍である。

宮崎県で今年四月、家畜の伝染病の口蹄疫が発生し、爆発的に拡大した。終息まで約四カ月かかり、約三〇万頭もの牛や豚が殺処分された。この口蹄疫の発生が最も集中したのが川南町で、地域から牛や豚が全て消える事態となった。町の畜産農家は壊滅的な打撃を受けたのである。

口蹄疫がなぜ、これほどまで拡大したのか。
宮崎県の初動対応のまずさや獣医師や行政担当者の不足、国や県市町村間の連携の悪さ、大量飼育の弊害など複合的な要因によるものと考えられる。

感染拡大の要因のひとつにあげられるのが、殺処分した牛や豚を埋める用地の確保の遅れである。埋却地の確保に手間取り、ウイルスに感染した家畜の殺処分が遅れてしまった。その結果、ウイルスを蔓延させ感染を拡大させてしまったのである。被害が集中した川南町がこのパターンであった。
ではなぜ、川南町の畜産農家は埋却地の確保に手間取ってしまったのか。ふたつの要因が考えられる。ひとつは、大規模農場で大量飼育する企業的経営に起因するものだ。施設用地以外の土地を持たず、事前に埋却地として使える土地を手当てしていない事例である。もう一点は、川南町特有の事情による。自前の畑や空き地、さらには行政のあっせんで埋却地を確保したものの、試掘したら地下水が湧き出して使えないケースが続出していた。尾鈴山などの山麓に広がる川南町は、台地にありながら地下水や湧水が豊富で、ため池も多い。そうした地域の水事情もあって、埋却地の確保が難しかったのである。逆にいうと、それくらい水に恵まれた地域なのだ。

さて、川南町が一丸となって口蹄疫と闘っていた時、畑地灌漑用の切原ダムの工事もストップした。また、ダムからの水の利用を渋る畑作農家への行政側の説得活動も中断された。それどころではなかったからだ。八月下旬に宮崎県が口蹄疫の終息宣言を行い、今は発生前の状況に戻りつつある。川南町から牛や豚の姿が消え去ったが、ダム工事は再開され、粛々と進められている。しかし、本質的な問題は今も残されている。そもそも農業用ダムをこの地に作る必要があったのか。そして、間もなく完成する切原ダムの水を誰が活用するのか。さらには、口蹄疫禍で財政に多大な打撃を受けた川南町が、畑地灌漑事業の負担を背負いきれるのかといった点である。

川南町は事業同意に難色を示す畑作農家に対し、給水栓の設置を町の負担(税金)で行い、農家が開栓しない限り、工事代金や負担金を徴収しないという「開閉栓方式」を提示し、説得して回っていた。だが、もはや、湯水のように税金を使う余裕などあるはずもない。一体、町は今後どうするつもりなのか。農水省九州農政局は、切原ダムが完成したら現地事務所を引き払い、さっと姿を消すはずだ。あとは地元でということだ。そういえば、切原ダムによる畑灌事業を推進してきた宮崎県の東国原英夫知事も「知事職の限界を感じた」と表明し、他の道への転身を図っている。

奇妙奇天烈な公共事業にストップをかけるのは、口蹄疫ウイルスを抑え込むよりも難しいことなのか。川南町の苦しみはいつまで続くのだろうか。

2010年10月22日

メディアはダム報道を忘れたのか 底抜け欠陥大蘇ダムのその後

日本各地を一人で取材する日々を送る当方、このところ自らの限界を痛感している。取材すべきものが次々に現われ、どうにも追いつかないのである。もともとの非力さに焦りも加わり、処理しきれなくなっている。自分の目で見てみたい、話をうかがいたいなどと思いながらも、足を運べずにいる事例が増える一方なのだ。

もちろん、取材が追いつかないのは新たなテーマだけではない。一度、取材した先のその後の動きについても同様だ。新たな展開があった場合、再度、お邪魔してきちんとフォローするのが責務と自覚しているが、時間とエネルギー、資金、そして発表の場などの問題があってかなわずにいる。書きっぱなしでは「無責任」との誹りは免れないと、内心忸怩たるものがある。

当方が再取材に動けず最もやきもきしているのが、九州の二つの農業用ダムについてだ。

ひとつは、農水省九州農政局が熊本県産山村に建設した大蘇ダムである。二〇〇五年に完成した畑地灌漑用ダムだが、水漏れで使用不能となっている「底抜け欠陥ダム」。水をためないマンガの世界の産物のような代物だ。

大蘇ダム周辺は阿蘇の外輪山の東麓で、そもそも火山灰地。地盤も脆弱で、地元の人たちは当初から水をためるのは難しいのではないかと指摘していた。工事は一九七九年に始まったが、地元の人たちの懸念が的中してしまった。ダム建設地から多数の亀裂が見つかり、工事は難航した。二〇〇五年にやっとダム本体が完成したものの、事業費は計画当初の約一三〇億円から五九三億円に膨らんでしまった。また、完成が延び延びとなったため、水利用を断念する農家が続出した。待ちくたびれてしまったのである。農業を取り巻く環境の激変も影響した。

どうにか試験湛水まで漕ぎ着け、関係者がほっと一息ついたもの束の間だった。目に見えぬダムの底でとんでもないことが起きていた。ダム湖の底や斜面から水が漏れてしまい、計画通りの貯水ができずにいたのである。この前代未聞の事態を九州農政局は当初、明らかにしなかった。大蘇ダムの水を利用する受益者団体(土地改良区)の関係者が漏水の事実を突きとめ、初めて表面化した。当方は現地を訪ね、九州農政局の担当者に直撃取材を敢行したが、彼らは「水の想定外の浸透」と言い張り、欠陥ダムとの指摘に色をなした。

その後、多くのメディアが水をためないダムの存在を取り上げるようになり、大蘇ダムは一躍、世の耳目を集めるものとなった。そして、国民の多くが水だけではなく、税金も大量に漏らす奇妙なダムに憤激した。行政の無責任さと税金のムダづかいを象徴する存在となった。農水副大臣が現地まで足を運び、九州農政局の大失態を認めて謝罪した。ここまでが自民党政権時代の話である。

昨年の政権交代後、大蘇ダムの話題はまるで水が地下に浸透したかのように消えていった。全国ニュースにはならず、地元熊本県と受益地の大分県でたまに取り上げられるだけだった。当方も遠くからその後の展開を注視するくらいだった。

では、大蘇ダムは現在、どのようになっているのだろうか。実は、十月二十一日から漏水対策の工事が始められた。事業主体は国(農水省九州農政局)で、工事名は「貯水池浸透抑制対策調査工事」である。漏水対策ではなく、浸透抑制対策と表現したところに九州農政局の姿勢が読み取れる。

工事は三年間かけて、ダムの斜面の一部約三万ヘクタールに厚さ約一〇センチのコンクリートを吹き付けるというものだ。事業費は約八億四〇〇〇万円。もっとも、この工事は漏水対策を調査するもので、補修の効果を検証し、そのうえで改めてどのような対策が必要か検討するという。つまり、あくまでも対策調査の工事であり、本格的な漏水工事とは異なる。三年間の工事でダムの水漏れを止めるというわけではなく、約八億四〇〇〇万円の事業費で水がたまるようになるというものでもない。換言すれば、水漏れをなくすのにどれだけの事業費と工期を要するかはわからないということだ。

大蘇ダムを作るのに約六〇〇億円の税金を投入し、約三〇年もの月日をかけた。そのあげくの水漏れで、しかも、どこから水が漏れているのかさえ明確になっていない。そもそもダムの不適地に強引にダムを建設したことから、底抜け欠陥ダムが生まれたのである。今後、漏水対策事業費が膨れ上がり、工事完了が延び延びとなることも充分考えられる。欠陥ダムの水漏れを塞ぐよりも、新たな利水の策を講じる方が妥当ではないだろうか。

どうも愚かな行為を繰り返しているように思えてならない。

Profile

相川俊英(あいかわ・としひで)

-----<経歴>-----

1956年群馬県生まれ。
早稲田大学法学部卒業。
1992年よりフリージャーナリストに。
1998年から週刊ダイヤモンド委嘱記者に。
地方自治を主なテーマとして全国を取材・執筆、サンデープロジェクトの特集レポーターも務めている。

BookMarks

-----<著書>-----


『長野オリンピック騒動記』
1998年1月、草思社

『ボケボケパラダイス』
1996年12月、筒井書房

『コメ業界は闇の中』
1994年4月、ダイヤモンド社

『東京外国人アパート物語』
1992年11月、新宿書房

当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.