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隠蔽工作は一人ではできない──静岡空港問題から見えた記者クラブ体質(後編) »

隠蔽工作は一人ではできない──静岡空港問題から見えた記者クラブ体質(前編)

 報道の仕事に携わる端くれ者としてどうしても納得できないことがある。取材対象者のことではない。ある現場で同時に取材活動にあたった大手メディアの表現活動についてだ。同じものを目撃し、同じ話を耳にしたにも関わらず、ほとんど記事化していない。伝えるほどの価値はないと判断したのか、伝えてはならないと誰かが握りつぶしたのか、翌朝の新聞に記事を掲載したのは、ブロック紙のみ。現場に何人もの記者が駆けつけていながらである。

 確かに参院選の直前というタイミングの問題はあった。しかし、間を置くと腐ってしまうような話ではない。そして、伝えるべき価値の乏しい事柄でもない。むしろ、こういう事実をきちんと伝えることこそが、報道の仕事に携わる者の責務だと当方は考える(大手メディアの判断基準とは異なるのかもしれないが)。
 それだけに、同じ現場を取材した同業者(彼らはそうは思っていないかもしれないが)の沈黙に当方、衝撃を受けてしまった。これではまるで見て見ぬふりではないかと、愕然とした。そればかりか、彼らは隠蔽工作に半分加担しているようなものではないかと、失礼なことさえ思ってしまった。これまでの不可思議な経緯が頭に浮かんできたからだ。

 静岡地方裁判所で七月九日、静岡空港の未買収地への土地収用をめぐる裁判が開かれた。
 元地権者らが「土地収用は違法」とし、静岡県収用委員会が行った裁決の取り消しを求めている訴訟である。もっとも、昨年六月に静岡空港が開港しており、判決の行方に関心をもつ人はほとんどいない。
 しかし、十六回目の口頭弁論となったこの日はいつになく、緊迫したムードに包まれた。あいにくの雨にもかかわらず、傍聴席は八割方埋まった。きちんとネクタイを締めた人達とラフな格好の集団に二分された。開廷直前に七〜八人の報道関係者が姿を現し、中央前方部に用意されている記者席に腰を下ろした。特等席である。法廷内は蒸し暑く、生温かい空気が淀んでいた。
 この日の裁判に注目が集まったのは、十五年間にわたって空港建設事業に関わった県の元空港建設事務所長が証人として出廷したからだ。昨年三月末に定年退職したものの、用地取得や地元対策を任されていた現場の元トップ。職員があまりやりたがらない汚れ役でもあった。静岡空港の建設事業の全てを知る人物が証言すると聞き、当方も東京からおっとり刀で駆け付けた。静岡空港に関わる最大の謎を解く糸口が見つかるかもしれないと思ったからだ。

 揉め事の絶えない静岡空港で最大の不祥事が、例の立木問題だ。静岡県は航空法上の高さ制限を超える立木の除去を怠り、開港を遅らせる大失態を演じた。測量ミスが原因で、まさに「平成の大チョンボ」となった。滑走路先にまるで屏風のように立った杉やヒノキが障害となり、滑走路を三〇〇メートル短縮して暫定開港(昨年六月四日)する事態となった。

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滑走路の長さと立ち木の関係

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制限表面を超えていた立ち木。2009年5月石川前静岡県知事は立ち木伐採と引き替えに辞表を提出した

 障害となったいわゆる屏風林など一七九本の立木は暫定開港前の五月に伐採され、その後、滑走路を本来の二五〇〇メートルに戻しての完全運用(昨年八月二七日から)となった。前代未聞のドタバタに県民の多くが驚き呆れた。なぜ、県は致命的なミスを犯してしまったのか。そしてなぜ、開港直前まで事態を放置し、打開に向けた努力を怠ったのか。県民ならずとも疑問に思ったはずだ。
 元所長の法廷での証言に耳を傾けると、こうした奇妙な謎が少しずつ解けてくる。そして同時に、新たなとんでもない疑惑も...。

 日本の東西の交通の要衝地である静岡県は、県内に空港を設置することを県政の最重要課題とした。当時の国(旧運輸省)も「一県一空港」という愚策を掲げ、地方空港の建設を推進した。これが追い風となり、静岡空港の建設が認められた。県は、茶の一大生産地である牧之原台地を建設地とした。しかし、優良茶畑をつぶす寝耳に水の話に、地元農家は猛反発した。空港の必要性に疑問を抱く人も少なくなく、県は用地取得に難航した。「地権者一人ひとりと誠意をもって交渉しました。家や職場などに数百回にわたって足を運びました」(元所長の法廷での証言)
 土地を手放すことへの地元農家の抵抗は強く、国から空港設置の許可が出されるか危ぶまれる事態にまで進展した。大慌てとなった静岡県は知事自らが運輸省と交渉し、用地取得問題を「円満に解決する」との覚書を締結し、見切り発車で設置許可を手にした。だが、その後も反対地権者の姿勢は変わらず、最終的に四世帯が売却ノーを貫いた。こうして空港本体部や周辺部に未買収地が残り、空港反対を主張する人たちが共有地権者となった。その数は三五〇人にのぼった。同様に予定地内の立木所有者が一四〇〇人ほどに。
 見切り発車したことで、静岡県は次第に苦しい立場になっていった。国と覚書を交わした石川嘉延知事(当時)は円満解決を口にする一方で、強制力の発動(土地収用)に向けた準備を進めた。
 土地収用は公益のために私権を制限するもので、その範囲は必要最小限でなければならない。正確な測量を行い、収用(県が強制的に所有権を取得する土地)と使用(高さ制限を超えたものを除去するために県が使用権のみ取得する土地)の範囲を確定することが大前提となる。このため、対象地に立ち入り調査を行い、綿密に実測するのが原則だ。
 ところが、静岡県は現地への立ち入り調査を実施せず、航空レーザー測量で収用と使用の範囲確定を行っていた。元所長は口頭弁論でこの点を県側弁護士に問われると、「対象地が広かったこと。反対運動が強かったこと。それに、(航空レーザー測量が)最高の技術とうかがっていたので、起業地の特定を確保できると考えていた」と、答えた。おそらく、測量現場で反対派とトラブルになることを恐れたのが、一番の理由ではないか。

 では、トラブルの発生を一番、恐れたのは誰か?国との間で「円満に解決する」との覚書を結んだ人物ではないか。
 静岡県は〇三年五月に、土地収用の範囲を確定させる航空レーザー測量を業者に委託していた。原告側弁護士もこの点を重要視し、元所長に質問を重ねた。その過程で驚くべき事実を次々に指摘した。県は航空レーザー測量の実施を決定する前に、その制度を検証していた。〇一年のことだ。
 静岡県と業者が作成した検証結果報告書(測量簿)によると、「山林の樹木が繁茂しているところではレーザー光が地表面に透過する割合が減少するため、データ取得密度が低くなり、特に急傾斜地では最大で五メートルもの誤差がみられる」とされた。つまり、精度に問題ありとの報告で、「実測で行うのが望ましい」と結論付けられた。この精度検証について問われた元所長は「内容については承知しておりません」と答え、「(レーザー測量は)最先端の技術で、精度の高い測量ができると聞いて行った。正しいものと信じていた」と繰り返した。
 急傾斜地では実測等高線と比べて最大五メートルの誤差が生じるとされたレーザー測量を基に、収用と使用の範囲が確定され、強制収用が実施された。その結果、対象外とされたOさんの土地の立木がそのまま残された。Oさんは用地買収に応じなかった地権者のひとり。土地の高さのデータが誤っていたため、屏風林が航空法上の制限表面を超えていたにも関わらず見過ごされたのである。

 問題は、こうした重大なミスを県がどの時点で認識したかである。空港建設現場はもともと山林で、山あり谷ありの急傾斜地である。盛り土や切り土を重ね、広大なエリアを整地していく作業が進められた。山を削り、谷を埋めていったのだ。工事が進捗するにつれ、屏風林の所有者Oさんはおかしさに気がついた。収用地に囲まれた一角にヒノキが林立しているからだ。一目瞭然である。Oさんは〇六年一二月に開かれた県収用委員会の審理の場で、この事実を指摘したが、なぜか黙殺された。屏風林の周辺は県有地である。現地に行けば、目視だけで問題ありと認識できる状況になっていた。事の重大さに誰も気づかず、Oさんの指摘をうっかり聞き流してしまったのだろうか?

「明確に(立木の存在を)認識したのは、平成一九年(〇七年)九月です。(石川嘉延)知事にも私から直接、電話連絡しました」
 口頭弁論で元所長はこう証言した。しかし、県は支障となる立木の存在を公にせず、沈黙を続けた。県から公式発表がなされなかったからか、メディアも動かなかった。
 Oさんはその後(〇七年十月と〇八年十一月)も県やメディアに支障物件を指摘したが、全く相手にされなかった。Oさんは県庁記者クラブに直接、足を運び、資料や屏風林の写真などを配布し、必死に説明したが、記事化されることはなかった。県が公式発表していない事実を記事にすることを躊躇ったのだろうか。かりにそうであったなら、記者ではなく、記者クラブ員でしかない。

 ではなぜ、静岡県は立木の存在を公表しなかったのか。考えられることは二つある。ひとつは、問題の大きさ自体を認識できず、高を括っていた。ふたつ目は、自分たちのミスが表面化しないうちにこっそり問題を処理したいと考えた。要するに、隠蔽である。知事に直接連絡したとの元所長の証言からすると、前者はありえず、後者しか考えられない。

100821.JPGのサムネール画像
立ち木のあった場所で行われた地滑り工事の様子

 静岡県はこの頃、屏風林周辺で地滑り対策工事を言い出した。地権者Oさんも地滑り対策は必要と考え、工事の覚書が締結された。〇七年七月のことだ。しかし、地滑り対策工事を急ぐ県の姿勢にOさんはある疑念を抱くようになった。県に別な狙いがあるのではないかという疑いだ。地滑り工事中に屏風林Oさんの緊迫した日々が続いた。県による「誤伐採」である。
 結局、静岡県は〇八年九月になって初めて開港に支障となる立木の存在を認めた。その会見の場で原因を問われた石川知事(当時)は「木が伸びたから」と、平然と答えた。もちろん、真っ赤なウソである。現地での測量なしで、土地の収用と使用の範囲を確定した杜撰な手続きによるものだ。

 知事会見をきっかけに、大手メディアは一斉に立木問題を記事にした。静岡県の不手際を糾弾し、県の隠蔽体質を問題視した。だが、そんな記事を目にして、当方、腹立たしくてたまらなくなった。「よく言うよ」という思いがこみ上げてくるのだった。「隠蔽」といっても、県が屏風林をべールで覆い隠すことなどできない。そして、実際、現地に行けば屏風林はいつも何事もなかったように立ち続けていた。見て見ぬふりをしていたのではないか?もし、そうでないとしたら、記者クラブ活動に邁進しすぎだと反省すべきではないだろうか。

>>後編に続く

撮影:《THE JOURNAL》編集部

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

相川様 こんにちは。

「県は航空レーザー測量の実施を決定する前に、その制度を検証していた。〇一年のことだ。」の「制度」は「精度」では?

相川俊英さま

この静岡空港の裁判ですが、前の記事をダイアモンドで読ましていただいたのですが。

こちらには投稿がありませんでしたので、もうこちらでは読めないのかと、残念に思い意気消沈しておりました。

今回の投稿を読ませていただいて、嬉しく思っております。

今は国政(政局)で騒がしく、皆さんの意識もそちらに行き、地味な記事の注目度は低いのでしょうが、地方行政といえども静岡は、自民党民主党連合が談合(結託)している日本政治の縮図のようなところだと思っております。

その静岡での権力者のやり口、ごまかしが露になってきているというのに、メディアでは殆ど取り上げてはいません。

また国民の注目度も薄いのではないのかと思っております。
しかしながら基本的な事柄を注目し考えていくのも大事なことだと思っております。
それにつき相川俊英さまには非常に期待を寄せております。
偏向の無い物事の見方理解解釈の仕方にも、好感を覚え勉強させていただいております。

今後ともこちら、THE JOURNALえの投稿をお願いいたしたいと思っております。

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Profile

相川俊英(あいかわ・としひで)

-----<経歴>-----

1956年群馬県生まれ。
早稲田大学法学部卒業。
1992年よりフリージャーナリストに。
1998年から週刊ダイヤモンド委嘱記者に。
地方自治を主なテーマとして全国を取材・執筆、サンデープロジェクトの特集レポーターも務めている。

BookMarks

-----<著書>-----


『長野オリンピック騒動記』
1998年1月、草思社

『ボケボケパラダイス』
1996年12月、筒井書房

『コメ業界は闇の中』
1994年4月、ダイヤモンド社

『東京外国人アパート物語』
1992年11月、新宿書房

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