« 2009年9月 | メイン | 2009年11月 »

2009年10月 7日

世にも奇妙な公共事業「成功」例 ── 宮崎県の土地改良事業

 どちらで食事をするか二者択一の選択である。選ぶのは、住民だ。

 ひとつは、豪華な内装の洒落た店。全国展開する有名レストランで、食材も料理人も最高級揃いである。しかし、選べるメニューは少なく、しかも店側からの注文が多い。客は自分の好みや希望を聞いてもらえないどころか、団体客中心で、少人数だと入店さえ拒否される。調理に凝るのか仕上がりが遅く、客をいらいらさせることが、日常茶飯事。店側はそれを全く意に介さない。店長と店員ともに転勤が多く、すぐに別な店に移ってしまう。それで客を客とも思わぬ体質が蔓延している。  

 料理は客の苛立ちがピークに達したころ、運ばれてくる。それも食べきれないほどの量が。当然のことながら、値段は目の玉が飛び出るほど高くなるが、店側から補助金が出るため、食事した客の支払いは少なくてすむ。それで、繁盛している。だが、店の補助金を実際に負担するのは、利用者たちだ。食事をした客やその家族が事前に支払っていたカネや、彼らが後日、支払わされるカネを回しているにすぎない。

 もうひとつの店は、小規模でこじんまりとした家庭的な食堂だ。メニューの数は多く、味付けや量の要望も聞いてもらえる。目の前で調理するので、素材や料理人に注文をつけやすい。素材も地元産が中心で、厨房も地元の人が担当する。途中で注文品を変更することもできなくはない。大勢の客を対象とする店ではないので、小回りがきくのである。食べたいものを食べたい量だけ食べたい時に食べられるのが、利用者にとってはうれしい。利用者側から新たなメニューの提案もできる。

 しかし、店舗の外観や規模では全国展開の有名レストランに見劣りする。有名なシェフなども店にはいない。しかも、値段は安いものの、全て食べた人たちの自腹となる。

 逆にいえば、そうであるからこそ、客が注文をつけやすい。もし、そうした店がまずいものばかり出していたら、店の経営者は真っ先に責任を問われる。また、店員が不正を働いたり、怠けていたら、厳しく叱責される。常に客の視線にさらされているから、ごまかしようがないのである。

 全国展開する有名レストランがいわばこれまでの公共事業で、家庭的な食堂が地域主権型の公共事業といえる。中央集権と地域主権の違いを当方、こんな風に考えている。日本は一応、主権在民なので、客が店からいろいろ注文をつけられるのではなく、店に自分たちが求めるものを注文できるはずだと思っている。現実はそうなっていないが。

 宮崎県中部で現在、不可思議な公共事業が進行中だ。農水省と宮崎県がすすめている「尾鈴地区畑地灌漑事業」である。川南町を中心とした畑地約1580ヘクタール、対象農家約1600戸に農業用水を引く、土地改良事業だ。

 土地改良事業は圃場の整備や農業用排水の整備(灌漑)などを行うもので、農家の申請によって始められる。事業対象となるには一定の面積が必要で、水田は3,000ヘクタール以上、畑は1,000ヘクタール以上とされている。対象区域に入ると、農家に自己負担が生じるため、事業開始には対象区域農家の3分の2以上の同意が必要だ。農水省が利水ダムや幹線水路、県などが支線水路などを整備する。幹線と支線は一体的な事業ながら、それぞれで同意を取らねばならない。広大な農地を整備する大事業となるため、総事業費が1,000億円を超えるケースも多い。

 川南町は畑と水田が混在する農業の町で、台地にありながらも湧水やため池、先人による水路などにより高い農業算出額を誇っている。そんな川南町で畑地灌漑事業が計画されたのは、1980年代の後半である。バブル経済の真っ最中のあの頃だ。きっかけは、農家からの要望だった。既存の青鹿ダムの水を使用していた農家が施設の老朽化に困り、改修を行政に求めたのである。ところが、話が農家の知らないうちに大きくなっていった。既存施設の改修だけではなく、新たなダムをつくり、そこからパイプラインで地域全域に水を引く壮大なものに変質していった。主導したのは、農水省だ。受益面積は1922ヘクタール(当初)とされ、行政による同意取りが始まった。まずは国営事業分である。

 困惑したのは、知らぬ間に事業の対象地にされたいわゆる受益農家である。水は足りているという農家も多く、また、新たにダムからの水を使うことになれば、負担金を払い続けなければならなくなるからだ。同意を渋る農家が続出し、今度は行政側が困り果てることになった。それでも農家を説得して回り、1996年にやっと国営事業の同意を85%まで取り付けた。とりあえず国の分だけでも同意してくれと、半ば拝み倒しての取得である。

 こうした国営ダムの建設が始まった。切原ダムである。幹線水路と合わせて事業費は約290億円とされた。既存の青鹿ダムの改修と切原ダムの建設は順調に進んだ。だが、支線水路と末端の給水栓を担当する県営事業の同意取りは難航を極めた。もともと農家の多くが新たな水を求めていた訳ではないからだ。

 県営事業は区域を10に分け、順次、工事に着手することになっていた。総事業費は約100億円。先行したのは、既存の青鹿ダムの水を利用している尾鈴北第一地区だった。老朽化した施設の改修を求めていた地区で、県営事業への同意取りは簡単に行くものと思われていた。ところが、ここでも同意を渋る農家が続出した。困り果てた行政側は「選択方式」という奇妙な案を農家に提示した。給水栓を実際に畑に設置するか否かは農家の判断に任せ、設置しない場合は経常経費の負担金を取らないから、県営事業への同意だけはしてくれと、説得して回ったのだ。

 行政側の必死の努力(?)が実を結び、2001年末までに82.7%の同意取りに成功(?)した。尾鈴北第一地区の土地改良区も発足し、末端のパイプラインの敷設工事も始まった。ところが、行政側はまたしても大きな壁にぶちあたってしまったのだ。給水栓を設置する農家が一向に増えないのである。既存の青鹿ダムの改修はすすみ、水使用も可能となっていた。

 事態を憂慮した行政側は知恵を絞りに絞り、アッと驚く打開策を捻り出してきた。それが「開閉栓方式」である。給水栓の設置を町が税金で行い、開栓しない限り、設置費用や経常経費の負担金を徴収しないというものだ。水を実際に使うようになったら、設置費用(補助金を差し引いた農家負担は4,100円)と経常経費負担金を支払ってもらう仕組みだ。つまり、水を使わない限り、農家の負担は生じない。水を使うようになるまで、設置費用を税金で建て替え、経常経費負担金は税金で肩代りする大盤振る舞いである。行政側は夏場に農家を個別訪問し、説得して回った。将来、畑を貸したり、売ったりする場合に給水栓が設置されていれば、有利ではないかとの説明が功を奏したのか、給水栓の設置が広がりつつある。行政側はこの方式を他の9地区にも採用し、県営事業の同意取りに汗を流している。国営の切原ダムの完成が2011年度に迫っており、使われない水を溜める利水ダムにする訳にもいかず、国と県と町は必死なのである。

 これほどの本末転倒ぶりに当方、腰を抜かすほど驚いている。これがはたして公共事業といえるだろうか?そして、農水大臣はどう考えているのだろうか。本当に日本社会は奥深い。

 この続きは再来週発売の週刊ダイヤモンドに書く予定です。

2009年10月 3日

水をためない底抜け欠陥ダムへの旅

 各地を歩きながら腰を抜かすような公共事業に出食わす日々を送る当方にとって、国土交通省の前原誠司大臣の奮闘ぶりほど政権交代を実感させるものはない。なかでも、八ツ場ダムや川辺川ダムのみならず、建設・計画中の全国143か所のダム事業を見直すと明言したことの意味は大きい。「マエハラ、ガンバレ!マエハラ、ガンバレ!」と、声援を送る人も多いのではないか。

 しかし、ダム問題に限っていえば、前原大臣がどんなに努力を重ねても、力の及ばぬ分野が存在する。そんなことはないだろうと反論する人もいるかもしれないが、残念ながら、事実である。前原大臣が見直しを表明した全国143か所のダムの内訳は、国交省直轄が48、水資源機構管理が8、都道府県が事業主体で国が補助金を出すものが87。建設・計画中のダムはこれで全てかというと、そうではない。

 ダム建設は国交省だけが実施所管する公共事業ではなく、農水省も全国各地に農業用ダムをつくり続けている。意外に知られていないが、農水省が事業主体となっているダムは、建設中のものだけでも全国で15を数える。実は、この農水省がろくでもないダムを全国各地で建設しているのである。

 例えば、今や全国的に知られるようになった大蘇ダムだ。九州農政局が熊本県産山村に建設した農業用水用ダムだが、水漏れで使用不能となっている。ダム湖周辺に亀裂があり、水が溜まらないのである。当方、昨年夏にその存在を耳にし、「いくらなんでもそんなバカなことがあるはずがないだろう」と、最初は冗談だと思った。信じられなかったのだ。別件のダム取材である県を訪れた際のことだ。ダムの堤に多数のひび割れが生じ、住民が不安を募らせていた。その住民が「九州のどこかに水の溜まらないダムがあるそうだ」と、ポツリとつぶやいたのだ。ホラを吹くような人では断じてない。

 半信半疑のまま帰京し、調べてみたら、それらしきものがあった。実際にこの目で確認してみたいと思い、数日後、現地に行ってみた。そうしたら、確かに、水が溜まっていない。地元の人に尋ねてみると、周辺一帯は阿蘇の外輪山の東麓で、いわゆる火山灰地。地盤も脆弱のため、地元の人たちは当初から水をためるのは難しいのではないか、と語っていたという。しかし、ダム事業関係者は「ここにダムが造れれば、世界中のどこにでも造れることになる」と豪語し、自信満々だったという。

 大蘇ダムの建設は1979年に始まったが、地元の人たちの懸念が的中してしまった。建設地に多数の亀裂が見つかり、工事は難航。工期と事業費が膨らむ一方となった。2005年にやっとダム本体が完成したが、事業費は計画当初の約130億円から593億円にまで増大した。それでもなんとか試験湛水までこぎ着けた。

 しかし、これで一件落着とはならなかった。ダム湖からの水漏れが激しく、計画通りに水が溜まらなかったのだ。当然のことながら水利用はできず、原因と対策の検討で事業は宙ぶらりんの状態が続いている。

 事業主体の九州農政局を取材すると、彼らは奇妙奇天烈な言い訳を繰り返した。ダムからの漏水を認めず、「想定外の浸透によるもの」と言い張った。水がダムの底や周辺から地中に浸透していくのは、当たり前のこと。それらを全て想定したうえで、水をためるのに適した場所を選定し、ダムを建設するのではないか。水が溜まらないところにダムを造ってしまったのが、最大の原因ではないのか。そんな質問を 重ねたが、彼らは「水漏れダム」という事実さえ認めず、水の「想定外の浸透」という言葉を繰り返した。

 そればかりか、当方が大蘇ダムのことを「欠陥ダム」と指摘すると、彼らは「欠陥、欠陥と言わないで下さい」と、怒りの表情さえ見せたのである。当方も「しかし、これを欠陥といわないで、何を欠陥というのでしょうか」と、やさしく言い返したのである。

 水の溜まらない大蘇ダムのことは週刊ダイヤモンドやサンデープロジェクトで紹介した。その後、他のメディアでも頻繁に取り上げられるようになった。当時の農水副大臣(自民党)も現地を訪れ、「底抜けダム」と表現し、大失態を認め謝罪した。だが、ダムの事務所長らは3月末で転勤し、お役人たちは別の人たちに変わっていた。

 水を溜めずに無駄を溜める大蘇ダムの存在に心底、驚いた当方だが、日本社会の奥深さは想像を絶するものがあった。水の溜まらない欠陥ダムは他にも存在していたのである。例えば、北海道の東郷ダムだ。こちらも農業用水用のダムで、事業主体は農水省(北海道開発局)である。このダムも93年度に本体工事が完了したものの、「想定外の浸透」のため水利用ができずにいる。事業費は当初の約63億円から約379億円に膨らんでいる。

 国交省の前原大臣だけでなく、農水大臣にも様々なしがらみを断ち切って、奮闘していただきたい。

2009年10月 1日

堺市長選で見えた新たな対立構図

 政官業の癒着構造に対する国民の怒りが、国政レベルでの歴史的な政権交代につながった。発足した鳩山政権は圧倒的な支持率を背に受け、変革への苦難の道を歩み出した。こうした国政の激変ぶりとはやや異なった動きを見せているのが、地方政治である。総選挙後にいくつかの政令指定都市の市長選が予定されているが、与野党の対応が錯綜し、わかりにくいものとなっている。

 代表的な事例が9月27日に投開票された堺市長選だ。3選を目指す現職が自民と公明の推薦を受け、さらに民主と社民から地元レベルでの支援を得た。政権交代直後の選挙で、仲良く与野党相乗りである。民主党の支援組織である地元の連合の意向が働いたのである。盤石な態勢を作り上げた現職の圧勝が予想された。対抗馬は共産党推薦候補などで、現職への事実上の信任選挙と目された。

 無風選挙の構図が崩れたのは、7月に入ってからだ。大阪府の幹部が辞職し、市長選への出馬を表明した。完全無所属である。その支援に乗り出したのが、大阪府の橋下徹知事。与野党相乗り(途中で与党と野党が入れ替わったが)はおかしいと指摘し、市民不在のなれ合いだと激しく批判した。

 選挙戦に入ると、橋下知事のみならず、名古屋市の河村たかし市長や松山市の中村時広市長なども駆け付けた。地方分権の旗を掲げる「首長連合」のメンバーたちだ。

 こうして堺市長選は、「首長連合」対「連合」戦いのようになった。連合が、自民と公明、そして、民主と社民の地方組織の接着剤役となっているからだ。つまり、与野党のかけ橋である。

 ところが、結果は首長連合側の勝利に終わった。番狂わせである。国政で激しく争った直後とあって、与野党の息が以前ほど合わなかったのかもしれない。だが、着目すべき点は、投票率である。43.93%。前回の32.39%より10ポイント以上もアップした。これまでの選挙は始まる前にすでに結果が見えていた。政党や団体、組織などによるいわば談合だ。そんな市民不在の選挙の在り方に背を向けていた有権者が、今回、投票場に足を運んだのである。地方における政官業(労)のなれ合い政治に市民がノーを突きつけたといえる。

 さて、次なる注目選挙は10月11日に告示される神戸市長選だ。こちらも現職が3選を目指して出馬を表明している。元助役で、自公民の推薦で当選を重ねてきた人物だ。今回も地元の連合がいち早く推薦を決定している。

 さすがに露骨な与野党相乗りはまずいと考えてか、今回は民主党本部にのみ推薦を求めている。自公隠しといえる。民主党本部は現職の推薦を決めるものとみられるが、はたして自民と公明は独自候補を立てるだろうか。

 一方、神戸市長選に市民団体から新人候補の出馬が固まっている。政治や行政経験のない民間人で、これまでの与野党相乗り市政を批判し、その変革を訴えている。民主党本部の推薦を求めていたが、地元の連合の覚えがめでたくないようで、結局、推薦争いでは現職に退けられた。この新人候補を「首長連合」が支援するものとみられる。堺市長選と同様に「首長連合」対「連合」の戦いとなるのだろうか。

ところで、地方における連合の影響力は大きなものがある。それはなぜなのか。その点については改めてレポートしたい。

Profile

相川俊英(あいかわ・としひで)

-----<経歴>-----

1956年群馬県生まれ。
早稲田大学法学部卒業。
1992年よりフリージャーナリストに。
1998年から週刊ダイヤモンド委嘱記者に。
地方自治を主なテーマとして全国を取材・執筆、サンデープロジェクトの特集レポーターも務めている。

BookMarks

-----<著書>-----


『長野オリンピック騒動記』
1998年1月、草思社

『ボケボケパラダイス』
1996年12月、筒井書房

『コメ業界は闇の中』
1994年4月、ダイヤモンド社

『東京外国人アパート物語』
1992年11月、新宿書房

当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.